曾子(そうし)曰く、能(のう)を以(もっ)て不能に問い、多きを以て寡(すくな)きに問い、あれどもなきがごとく、実(み)つれども虚(むな)しきがごとく、犯(おか)せども而(しか)も校(こう)せず。昔者(むかし)吾(わ)が友、嘗(かつ)て事にここに従う。 論語【泰伯篇】

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武本 重毅

“能”をもって不能に問え
曾子が、
「すでに才能があるのに、まだ足りないとして、才能の乏しい人にまでも質問し、知識が多く備わっているのに知識の乏しい人にまでも問い、自分の学問が充実しているのに学問が空っぽのように思い、さらにより多くを得ようとする。また度量を大きくして、人から危害を受けたり無礼な仕打ちをされても、あえてこれに逆らわず、ますます努力勉励して身の修養を完全にしようとする。こういう人が昔、私の友の中にいて、このとおりにやっていた」
と言った。
 この項はよく東洋道徳の真髄を表現したもので、このように修養を積まなければ、人と接しても調和することができず、世の秩序を円満に保つこともできない。
(渋沢栄一「論語」の読み方、竹内均編・解説)

 最近、何を読んでも、何を観ても、驚きをもって感動してしまう。テクノロジーの発達により、いままで分からなかった新しい世界が開けていくだけでなく、太古の謎が解き明かされていく。あるいは現代社会の中で生活するが故に、少し昔であれば当たり前のように摂取していた栄養素が不足したりもする。だから基本的な食べ物、山菜や果物に対しても興味がわいてくる。何か症状があらわれて、生活に支障を生じるようになったら、それは生活習慣や環境を変えるべきというサインかもしれない。

武本 重毅
武本 重毅
聚楽内科クリニックの院長、医学博士。