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院長日記

武本重毅先生の可溶性CD30研究と免疫老化との関わり

武本 重毅

武本重毅先生は、主に成人T細胞白血病(ATL)の研究において、可溶性CD30(sCD30)の臨床的意義に焦点を当ててこられました。sCD30は、T細胞やB細胞などのリンパ球上に発現する膜結合型CD30が切断されて血中に放出されたものです。活性化されたリンパ球や特定の悪性腫瘍(特にATLやホジキンリンパ腫など)で高値を示すことが知られています。

可溶性CD30 (sCD30) 研究の成果

武本先生の研究成果として、特に以下の点が挙げられます。

  • 成人T細胞白血病(ATL)におけるsCD30の予後予測マーカーとしての有用性:
    • 武本先生は、ATL患者の血清sCD30レベルが、病態の活動性や治療抵抗性の獲得、さらには発症の予知に関わる可能性について研究されています(参照:J-GLOBAL 科学技術総合リンクセンターの武本重毅先生の研究課題「可溶性CD30(sCD30)を用いた成人T細胞白血病(ATL)発症および治療抵抗獲得の予知」)。
    • 血清sCD30レベルの上昇が、ATLの病態形成に関わる酵素活性を示唆する可能性についても発表されています(参照:KAKEN「可溶性CD25ならびにCD30血清レベル上昇から示唆された成人T細胞白血病病態形成に関わる酵素活性」)。
    • ATLの臨床的特徴と血清sCD25およびsCD30レベルとの関連性についても報告されています (Takemoto S, Pornkuna R, Hidaka M, Kawano F. The relation between clinical features of adult T-cell leukemia/lymphoma and the serum levels of soluble CD25 and CD30. [Rinsho ketsueki] The Japanese journal of clinical hematology. 2016. 57. 7. 848-853.)。

免疫老化との関わり

武本重毅先生の研究において、sCD30と免疫老化の直接的な関連を明確に示した論文は、今回の検索結果からは見当たりませんでした。しかし、sCD30が免疫細胞の活性化マーカーであることから、間接的に免疫老化との関連を考察することができます。

免疫老化(Immunosenescence)とは、加齢に伴い免疫系の機能が低下する現象を指します。これには、T細胞やB細胞の機能低下、サイトカイン産生の変化、自己免疫疾患や感染症に対する感受性の増加などが含まれます。

  • 活性化T細胞とsCD30:
    • sCD30は、主に活性化されたT細胞、特にCD4+ T細胞やCD8+ T細胞から放出されることがあります。
    • 免疫老化が進むと、慢性的な炎症状態(”inflammaging”)が起こり、一部のT細胞が持続的に活性化された状態になることがあります。これは、老化に伴う細胞ストレス、細胞の損傷、または持続的な低レベルの感染などによって引き起こされると考えられています。
    • このような慢性的な活性化状態にあるT細胞は、細胞表面のCD30を多く発現し、それが切断されてsCD30として血中に放出される可能性があります。したがって、高レベルのsCD30は、免疫老化における慢性炎症やT細胞の異常な活性化を反映している可能性が考えられます。
    • ただし、このsCD30の上昇が「正常な免疫応答」によるものか、「病的な免疫活性化」によるものか、あるいは「免疫老化に伴う機能不全」を反映しているのかは、文脈によって慎重な解釈が必要です。例えば、特定の感染症や自己免疫疾患の活動性を示す場合もあります。
  • ATLと免疫老化:
    • ATLはHTLV-1ウイルス感染によって引き起こされる疾患であり、高齢者に多い傾向があります。HTLV-1感染自体が免疫系に慢性的な刺激を与え、免疫老化のプロセスを加速させる可能性も考えられます。
    • 武本先生の研究はATLにおけるsCD30の役割に焦点を当てていますが、この疾患の背景にある免疫系の変化が、広義の免疫老化と関連している可能性は十分にあります。例えば、HTLV-1感染による慢性的なリンパ球の活性化が、免疫系の疲弊や機能不全につながり、それがsCD30レベルに影響を与えるという間接的な関連が考えられます。
  • CD153と免疫老化、そしてsCD30レベルへの影響:

CD30のカウンターパートであるCD153(CD30リガンド、TNFSF8)は、免疫老化においてより直接的な関連が研究で示されています。

    • 老化関連T細胞(Senescence-Associated T cells: SA-T細胞)と呼ばれるT細胞集団にCD153が恒常的に発現しており、このSA-T細胞は加齢に伴い体内で増加します。SA-T細胞は、慢性炎症や自己免疫疾患の発症に深く関与すると考えられています。
    • SA-T細胞上のCD153は、CD30を発現するB細胞(特に老化関連B細胞:Age-Associated B cells: ABCs)と直接相互作用します。このCD153-CD30の相互作用は、両細胞の増殖を促進し、自己抗体産生などの自己免疫反応を引き起こすことが報告されています。
    • この相互作用の過程で、CD30を発現する細胞(ABCsなど)は活性化され、その細胞表面のCD30が切断され、sCD30として血中に放出されると考えられます。したがって、免疫老化に伴うSA-T細胞の増加とCD153-CD30相互作用の活発化は、血中のsCD30レベルの上昇に直接的に寄与する可能性があります。つまり、sCD30レベルの上昇は、免疫老化におけるSA-T細胞とABCs間の病的な相互作用の活発化を反映している可能性があります。
    • このCD153-CD30経路は、免疫老化における慢性炎症や自己免疫疾患の病態形成に中心的な役割を果たすと考えられており、その活性化がsCD30の産生増加につながると推測されます。

まとめ

武本重毅先生の可溶性CD30研究は、主に成人T細胞白血病の病態解明と予後予測マーカーとしてのsCD30の有用性に貢献されています。免疫老化との直接的な研究成果は今回の検索では確認できませんでしたが、sCD30が免疫細胞の活性化マーカーであることから、免疫老化に伴う慢性炎症やT細胞の異常活性化といった側面で、sCD30レベルが免疫系の状態を反映する指標となる可能性は考えられます。特に、CD153とCD30の相互作用が免疫老化における病態形成に深く関与していることが明らかになったことで、この相互作用の結果としてsCD30が産生・放出され、血中sCD30レベルの上昇につながるという直接的な関連が示唆されます。今後の研究で、sCD30が免疫老化のバイオマーカーとして、あるいはそのメカニズム解明の一助となるかどうかが注目されます。

Author:

武本 重毅

聚楽内科クリニックの院長、医学博士。