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院長日記

インスリン抵抗性

インスリン抵抗性とは?

インスリン抵抗性とは、血糖値を下げるホルモンであるインスリンが十分に分泌されているにもかかわらず、その作用が細胞(特に筋肉、脂肪、肝臓の細胞)で十分に発揮されない状態を指します。細胞がインスリンのシグナルに反応しにくくなるため、ブドウ糖を効率的に細胞内に取り込めなくなり、血液中のブドウ糖濃度が高い状態(高血糖)が続きます。

この状態を補おうと、膵臓からさらに多くのインスリンが分泌されるため、初期には高インスリン血症を呈しますが、最終的には膵臓が疲弊し、インスリン分泌能が低下して2型糖尿病へと進行します。

老化とインスリン抵抗性の関係

老化はインスリン抵抗性を引き起こす主要な要因の一つであり、同時にインスリン抵抗性が老化を加速させる可能性も指摘されています。

  1. 老化によるインスリン抵抗性の増加メカニズム

加齢とともに、以下のような要因が複合的に作用し、インスリン抵抗性が進行します。

  • 筋肉量の減少(サルコペニア): 筋肉は体内で最も多くのブドウ糖を消費する組織です。加齢による筋肉量の減少は、ブドウ糖の取り込み能力を低下させ、インスリン抵抗性を高めます。
  • 体脂肪の増加と分布の変化: 加齢とともに内臓脂肪が増加する傾向があります。内臓脂肪は炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-6など)や脂肪酸を放出し、これらがインスリンシグナル伝達を阻害することでインスリン抵抗性を引き起こします。
  • 慢性炎症の亢進(インフラメイジング): 加齢に伴い、体内で軽度の慢性炎症が持続する「インフラメイジング」と呼ばれる状態になります。この慢性炎症は、インスリンシグナル伝達経路を阻害し、インスリン抵抗性を悪化させます。AGEsの蓄積も炎症を誘発し、インスリン抵抗性を高める一因となります。
  • ミトコンドリア機能の低下: 細胞のエネルギー産生工場であるミトコンドリアの機能が加齢とともに低下すると、インスリン作用に必要なATP(エネルギー)の供給が不十分になったり、活性酸素の産生が増加したりして、インスリン抵抗性を招きます。
  • 細胞老化(Senescence): 老化した細胞は、SASP(Senescence-Associated Secretory Phenotype)と呼ばれる炎症性物質などを分泌し、周囲の細胞に影響を与えます。これが慢性炎症を悪化させ、インスリン抵抗性を誘発する可能性があります。
  • 酸化ストレスの増加: 加齢により体内の活性酸素の産生が増え、抗酸化防御機能が低下します。酸化ストレスはインスリン受容体の機能を障害し、インスリン抵抗性を引き起こします。
  1. インスリン抵抗性が老化を加速させるメカニズム

インスリン抵抗性自体が、以下のようなメカニズムを通じて老化プロセスを加速させると考えられています。

  • 高血糖とAGEsの蓄積: インスリン抵抗性による高血糖は、前述の通りAGEs(終末糖化産物)の生成を促進します。AGEsは組織を硬化させ、炎症を誘発し、血管障害などを引き起こすことで、老化に伴う様々な疾患(動脈硬化、腎症、神経変性疾患など)の発症を加速させます。
  • 高インスリン血症: インスリン抵抗性を補うために過剰に分泌されるインスリン(高インスリン血症)も問題となります。インスリンは細胞増殖を促進する作用があり、特にがん細胞の増殖を促す可能性が指摘されています。また、高インスリン血症はレプチン抵抗性を引き起こし、肥満を悪化させる可能性もあります。
  • 代謝経路の異常: インスリンシグナル伝達の障害は、細胞の代謝バランスを崩し、オートファジー(細胞内の不要物除去機能)の低下やタンパク質代謝異常を引き起こし、細胞機能の低下に繋がります。
  • 炎症と酸化ストレスの悪循環: インスリン抵抗性は炎症を悪化させ、炎症はさらにインスリン抵抗性を増悪させるという悪循環を生み出します。この慢性炎症は、加齢に伴う疾患の基盤となります。

結論

加齢はインスリン抵抗性を引き起こしやすくし、一方、インスリン抵抗性は高血糖、AGEs蓄積、慢性炎症などを通じて、体の老化プロセスを加速させます。この両者の悪循環が、2型糖尿病だけでなく、心血管疾患、認知症、がん、腎臓病、骨粗しょう症など、多くの加齢関連疾患の発症リスクを高める重要な要因と考えられています。

したがって、健康な老化(ヘルスエイジング)を実現するためには、インスリン抵抗性を改善し、良好な血糖コントロールを維持することが極めて重要であるとされています。これは、バランスの取れた食事、定期的な運動、適切な体重管理によって達成されることが一般的です。

Author:

武本 重毅

聚楽内科クリニックの院長、医学博士。