第4回 炎症——燃え続ける「微細な火事」
熱も痛みもないのに、体の奥で“火事”が起きている? それが「慢性炎症」です。加齢にともない、免疫系が暴走気味になり、ミトコンドリアの異常とともに炎症が拡大していく——この「inflammaging(炎症性老化)」の仕組みをやさしく解説します。
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炎症と聞くと、多くの人は「発熱」「腫れ」「赤み」「痛み」といったわかりやすい症状を思い浮かべるでしょう。これらはケガや感染に対する体の自然な防御反応であり、急性炎症と呼ばれます。しかし、老化に深く関係するのは、そうした明確な症状を伴わない「慢性炎症(low-grade inflammation)」です。
この慢性炎症は、自覚症状がほとんどないまま、長期的に全身の細胞や組織をじわじわと蝕んでいく、いわば“微細な火事”のような状態です。炎症によって分泌されるサイトカインやケモカインといった物質は、本来なら病原体や異常細胞を排除する目的で働きますが、過剰に分泌されると逆に正常な細胞まで攻撃してしまいます。
この現象は特に加齢とともに顕著になり、「inflammaging(炎症性老化)」という言葉で表現されるようになりました。これは、年を取ることで免疫システムの制御が効きにくくなり、常にわずかな炎症が体の中に存在し続ける状態を指します。たとえば、高齢者の血中では、IL-6やTNF-αといった炎症性サイトカインの値が慢性的に上昇していることが知られています。
なぜこのような状態が起こるのでしょうか? その鍵を握るのも、やはりミトコンドリアです。ミトコンドリアが損傷すると、内部にあるDNA(mtDNA)が細胞質に漏れ出し、これが「DAMPs(Damage-Associated Molecular Patterns)」と呼ばれる危険信号として免疫センサーに認識されます。特に「cGAS-STING経路」や「NLRP3インフラマソーム」などのパターン認識受容体が活性化されると、炎症反応が起動し、IL-1βやIL-18などの炎症性サイトカインが産生されます。
このようにして、ミトコンドリアの機能低下や損傷は、直接的に炎症を引き起こす引き金となり得ます。また、炎症が続くことでさらにミトコンドリアが損傷し、酸化ストレスや糖代謝異常も促進されるという悪循環に陥ります。これが老化の三因子ループの中核です。
さらに、慢性炎症は動脈硬化、認知症、糖尿病、がんなど、さまざまな加齢関連疾患の土台になることが知られています。つまり、炎症を抑えることは単なる老化防止にとどまらず、多くの病気を未然に防ぐ“全身予防戦略”でもあるのです。
注目されている対策の一つに「水素吸入療法」があります。水素は選択的に悪玉の活性酸素種(ヒドロキシルラジカルなど)を除去し、炎症性経路の暴走を抑える作用があると報告されています。また、NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)も免疫系の恒常性を保つ可能性があり、inflammaging対策として有望視されています。
次回は、老化の第三の敵「糖化」に焦点をあて、その深刻な影響と対処法を詳しくお伝えします。