慢性疾患に伴う貧血 ― 「鉄が足りない」とは限らない話
貧血と聞くと、多くの人が「鉄分が不足している」と思い浮かべます。
確かに、女性や偏食の方に多い「鉄欠乏性貧血」は最も一般的なタイプです。
しかし実際の臨床では、“鉄は足りているのに貧血になる”ケースが少なくありません。
それが、慢性疾患に伴う貧血(Anemia of Chronic Disease:ACD)です。
このタイプの貧血を見逃し、「鉄が足りない」と早合点して鉄剤を処方してしまうと、
かえって体に負担をかけてしまうことがあります。
今回は、そんな「見えない貧血」について詳しくお話しします。
■ 鉄があっても使えない ― ACDの本質
私たちの体は、常に炎症との小さな戦いを続けています。
感染症、慢性関節リウマチ、潰瘍性大腸炎、肝炎、腎不全、がんなど、
慢性的な炎症が続くと、体は「鉄を隠す」方向に働きます。
このとき中心的な役割を果たすのが、ヘプシジン(hepcidin)という肝臓で作られるホルモンです。
ヘプシジンは、鉄の吸収と放出をブロックし、
腸からの鉄の取り込みや、マクロファージからの鉄の再利用を止めてしまいます。
なぜそんなことをするのか。
実は、鉄は細菌やがん細胞の“栄養源”でもあるため、
炎症時にはあえて鉄を体の奥に隠してしまうのです。
これは一種の「防御反応」なのですが、長く続くと造血が妨げられ、
貧血が慢性化してしまうのです。
■ 「鉄欠乏性貧血」との違い
鉄欠乏性貧血と慢性疾患性貧血(ACD)は、見た目がよく似ています。
どちらも赤血球が小さく、色が薄く見える(小球性低色素性)ため、
血液データだけでは見分けがつきにくいことがあります。
しかし、血液検査の詳しい指標を見ていくと違いが現れます。
|
検査項目 |
鉄欠乏性貧血 |
慢性疾患性貧血(ACD) |
|
血清鉄 |
低い |
低い |
|
フェリチン(鉄貯蔵) |
低い |
正常〜高い |
|
総鉄結合能(TIBC) |
高い |
低い |
|
トランスフェリン飽和率 |
低い |
低い〜中等度 |
|
ヘプシジン |
低い |
高い |
鉄欠乏性貧血では「鉄が本当に足りない」。
一方でACDでは「鉄はあるが使えない」。
つまり、“量の問題”ではなく“利用の問題”なのです。
■ 鉄剤を出してはいけないケースがある
ACDを鉄欠乏と勘違いして鉄剤を投与すると、
体内に鉄がたまってしまい、肝臓や心臓にダメージを与えることがあります。
特に腎臓病や肝疾患、がんのある方では、
鉄過剰が酸化ストレスを高め、病状を悪化させる危険があります。
このため、貧血の治療ではまず
「鉄剤が本当に必要か?」を見極めることが大切です。
もしフェリチン値が高いのに血清鉄が低い場合、
それは「鉄が使えない状態」――すなわち慢性炎症によるACDを疑うべきサインです。
鉄剤ではなく、炎症の原因を探して治療することが第一選択になります。
■ 慢性疾患性貧血の治療アプローチ
- 原因疾患のコントロール
関節リウマチ、感染症、腎不全、悪性腫瘍など、
背景にある慢性炎症を抑えることが何より重要です。 - 鉄剤は慎重に
フェリチンが低い場合のみ慎重に補充します。
貯蔵鉄が十分ある場合は投与しません。 - EPO(エリスロポエチン)製剤の使用
腎不全などで赤血球の産生ホルモンが不足している場合、
外から補って造血を促します。 - 栄養と代謝の再構築
たんぱく質・ビタミンB群・ミネラルを整え、
ミトコンドリア機能をサポートすることも欠かせません。
■ ミトコンドリアの視点から見る「慢性炎症と貧血」
赤血球が酸素を運ぶのはもちろん、
細胞がその酸素をエネルギー(ATP)に変えるのはミトコンドリアの仕事です。
慢性炎症が続くと、ヘプシジンの上昇により鉄がミトコンドリアに届かず、
エネルギー生成が滞ります。
その結果、疲労・集中力低下・気分の落ち込みといった
“隠れた貧血症状”が現れることも少なくありません。
ここにこそ、私たちが提唱する
「アンチエイジング3本の矢®」の意義があります。
- NMN:NAD⁺を回復し、ミトコンドリアの活動を再起動する
- 5-ALA:ヘム合成を促進し、鉄利用を高める
- 水素:炎症と酸化ストレスを抑えて、細胞環境を整える
これらのアプローチは、単なる“貧血治療”を超えて、
体全体のエネルギーバランスを整え、
慢性炎症による老化現象そのものを改善する方向に導きます。
■ 見逃されやすい“静かな貧血”を防ぐために
ACDは自覚症状が乏しく、「疲れやすい」「なんとなく元気が出ない」といった
曖昧な訴えの陰に隠れています。
しかし、その背後には“慢性炎症”という老化促進因子が潜んでいます。
血液検査の数字だけで判断せず、
フェリチン・TIBC・ヘプシジンなどの「鉄利用指標」をしっかり評価することで、
正しい診断と治療につなげることができます。
■ まとめ ― “鉄を入れる”より、“炎症を鎮める”時代へ
鉄はエネルギーの源であり、生命の燃料でもあります。
しかし、その使い方を誤ると、炎症と酸化の悪循環を招きます。
慢性疾患に伴う貧血(ACD)は、
「鉄が足りない」のではなく、「鉄を使えない」病態。
本当に必要なのは、鉄剤ではなく、
炎症の鎮静とミトコンドリア機能の回復です。
聚楽内科クリニックでは、血液検査データを総合的に解析し、
鉄代謝・ミトコンドリア・慢性炎症を三位一体で評価しています。
――「鉄を入れる前に、なぜ足りないのかを見つめる」。
それが、老化を防ぎ、生命エネルギーを再生する第一歩です。
💡 監修:武本重毅 医師(聚楽内科クリニック 院長)
アンチエイジング専門医・博士(医学)
著書『老化は「治る」』『ミトコンドリアから読み解く老化と再生』/提唱「アンチエイジング3本の矢®」

