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院長日記

慢性疾患に伴う貧血 ― 「鉄が足りない」とは限らない話

武本 重毅

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貧血と聞くと、多くの人が「鉄分が不足している」と思い浮かべます。
確かに、女性や偏食の方に多い「鉄欠乏性貧血」は最も一般的なタイプです。
しかし実際の臨床では、“鉄は足りているのに貧血になる”ケースが少なくありません。
それが、慢性疾患に伴う貧血(Anemia of Chronic Disease:ACD)です。

このタイプの貧血を見逃し、「鉄が足りない」と早合点して鉄剤を処方してしまうと、
かえって体に負担をかけてしまうことがあります。
今回は、そんな「見えない貧血」について詳しくお話しします。

鉄があっても使えない ― ACDの本質

私たちの体は、常に炎症との小さな戦いを続けています。
感染症、慢性関節リウマチ、潰瘍性大腸炎、肝炎、腎不全、がんなど、
慢性的な炎症が続くと、体は「鉄を隠す」方向に働きます。

このとき中心的な役割を果たすのが、ヘプシジン(hepcidin)という肝臓で作られるホルモンです。
ヘプシジンは、鉄の吸収と放出をブロックし、
腸からの鉄の取り込みや、マクロファージからの鉄の再利用を止めてしまいます。

なぜそんなことをするのか。
実は、鉄は細菌やがん細胞の“栄養源”でもあるため、
炎症時にはあえて鉄を体の奥に隠してしまうのです。
これは一種の「防御反応」なのですが、長く続くと造血が妨げられ、
貧血が慢性化してしまうのです。

 

「鉄欠乏性貧血」との違い

鉄欠乏性貧血と慢性疾患性貧血(ACD)は、見た目がよく似ています。
どちらも赤血球が小さく、色が薄く見える(小球性低色素性)ため、
血液データだけでは見分けがつきにくいことがあります。

しかし、血液検査の詳しい指標を見ていくと違いが現れます。

検査項目

鉄欠乏性貧血

慢性疾患性貧血(ACD)

血清鉄

低い

低い

フェリチン(鉄貯蔵)

低い

正常〜高い

総鉄結合能(TIBC)

高い

低い

トランスフェリン飽和率

低い

低い〜中等度

ヘプシジン

低い

高い

鉄欠乏性貧血では「鉄が本当に足りない」。
一方でACDでは「鉄はあるが使えない」。
つまり、“量の問題”ではなく“利用の問題”なのです。

鉄剤を出してはいけないケースがある

ACDを鉄欠乏と勘違いして鉄剤を投与すると、
体内に鉄がたまってしまい、肝臓や心臓にダメージを与えることがあります。
特に腎臓病や肝疾患、がんのある方では、
鉄過剰が酸化ストレスを高め、病状を悪化させる危険があります。

このため、貧血の治療ではまず
「鉄剤が本当に必要か?」を見極めることが大切です。

もしフェリチン値が高いのに血清鉄が低い場合、
それは「鉄が使えない状態」――すなわち慢性炎症によるACDを疑うべきサインです。
鉄剤ではなく、炎症の原因を探して治療することが第一選択になります。

慢性疾患性貧血の治療アプローチ

  1. 原因疾患のコントロール
     関節リウマチ、感染症、腎不全、悪性腫瘍など、
     背景にある慢性炎症を抑えることが何より重要です。
  2. 鉄剤は慎重に
     フェリチンが低い場合のみ慎重に補充します。
     貯蔵鉄が十分ある場合は投与しません。
  3. EPO(エリスロポエチン)製剤の使用
     腎不全などで赤血球の産生ホルモンが不足している場合、
     外から補って造血を促します。
  4. 栄養と代謝の再構築
     たんぱく質・ビタミンB群・ミネラルを整え、
     ミトコンドリア機能をサポートすることも欠かせません。

ミトコンドリアの視点から見る「慢性炎症と貧血」

赤血球が酸素を運ぶのはもちろん、
細胞がその酸素をエネルギー(ATP)に変えるのはミトコンドリアの仕事です。

慢性炎症が続くと、ヘプシジンの上昇により鉄がミトコンドリアに届かず、
エネルギー生成が滞ります。
その結果、疲労・集中力低下・気分の落ち込みといった
“隠れた貧血症状”が現れることも少なくありません。

ここにこそ、私たちが提唱する
「アンチエイジング3本の矢®の意義があります。

  • NMN:NAD⁺を回復し、ミトコンドリアの活動を再起動する
  • 5-ALA:ヘム合成を促進し、鉄利用を高める
  • 水素:炎症と酸化ストレスを抑えて、細胞環境を整える

これらのアプローチは、単なる“貧血治療”を超えて、
体全体のエネルギーバランスを整え、
慢性炎症による老化現象そのものを改善する方向に導きます。

見逃されやすい“静かな貧血”を防ぐために

ACDは自覚症状が乏しく、「疲れやすい」「なんとなく元気が出ない」といった
曖昧な訴えの陰に隠れています。
しかし、その背後には“慢性炎症”という老化促進因子が潜んでいます。

血液検査の数字だけで判断せず、
フェリチン・TIBC・ヘプシジンなどの「鉄利用指標」をしっかり評価することで、
正しい診断と治療につなげることができます。

まとめ ― “鉄を入れる”より、“炎症を鎮める”時代へ

鉄はエネルギーの源であり、生命の燃料でもあります。
しかし、その使い方を誤ると、炎症と酸化の悪循環を招きます。

慢性疾患に伴う貧血(ACD)は、
「鉄が足りない」のではなく、「鉄を使えない」病態。
本当に必要なのは、鉄剤ではなく、
炎症の鎮静とミトコンドリア機能の回復です。

聚楽内科クリニックでは、血液検査データを総合的に解析し、
鉄代謝・ミトコンドリア・慢性炎症を三位一体で評価しています。

――「鉄を入れる前に、なぜ足りないのかを見つめる」。
それが、老化を防ぎ、生命エネルギーを再生する第一歩です。

💡 監修:武本重毅 医師(聚楽内科クリニック 院長)
アンチエイジング専門医・博士(医学)
著書『老化は「治る」』『ミトコンドリアから読み解く老化と再生』/提唱「アンチエイジング3本の矢®

Author:

武本 重毅

聚楽内科クリニックの院長、医学博士。