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院長日記

加齢によるクローン性造血と活性酸素種(ROS)の関係

――「血液の老化」が健康に与える新たなリスクとは?――

聚楽内科クリニック 院長   日本血液学会認定 血液専門医 

武本重毅(Dr. Shiggekky)

  1. 「血液の老化」という新しい視点

私たちの体は一生のあいだに、無数の細胞分裂を繰り返しています。
その過程で DNA にわずかな「変異」が積み重なっていくのは自然な現象です。
とくに血液をつくる「造血幹細胞」は一生働き続けるため、加齢とともに少しずつ遺伝子変異を抱えたクローン(遺伝的に同一な細胞集団)が生じます。

この現象は「クローン性造血(Clonal Hematopoiesis)」と呼ばれ、70歳以上では3人に1人に見られると報告されています 。
その中でも、がん化していないが特定の変異を持つ状態を「不定意義クローン性造血(CHIP: Clonal Hematopoiesis of Indeterminate Potential)」といいます。

かつては無害と考えられていましたが、近年の大規模研究で「CHIPを持つ人は、がんだけでなく心血管疾患や老化関連疾患のリスクが高い」ことが明らかになりました。
そしてその鍵を握るのが、活性酸素種(Reactive Oxygen Species, ROS) なのです。

  1. クローン性造血を引き起こす遺伝子変異とミトコンドリア

CHIPの主な原因遺伝子は、DNMT3A, TET2, ASXL1, JAK2 などです。
これらはいずれも「エピジェネティック制御」や「酸化還元反応」に関わる分子です。

  • TET2変異:酸化反応の不均衡と炎症促進

TET2はDNAの脱メチル化酵素で、活性にビタミンCやα-ケトグルタル酸などを必要とします。
この酵素が欠損すると、白血球やマクロファージが過剰に炎症性サイトカイン(IL-1β, IL-6 など)を放出し、慢性炎症状態が生まれます。
とくに酸化ストレス下ではTET2の働きがさらに低下し、ROSによる炎症の悪循環が進行します。

  • DNMT3A変異:ミトコンドリア代謝の再配線

2025年のNature誌は、DNMT3A-R882変異がミトコンドリアの酸化的リン酸化(OXPHOS)依存性を高めることを報告しました。
この変異を持つ幹細胞は、通常よりも多くの酸素を消費し、ROSを発生しやすくなります。
ROSがDNA損傷を引き起こし、さらに変異を蓄積させることで、クローン拡大が進むという「悪循環モデル」が提唱されています。

  1. ROSがクローンの選択を左右する

ミトコンドリアはエネルギーを生み出すだけでなく、ROSの主要な発生源でもあります。
加齢とともに、DNA修復機構や抗酸化システム(SOD, GPx, カタラーゼなど)が低下し、細胞内の酸化還元バランスが崩れます。

この「酸化ストレス環境」は、正常な幹細胞を弱らせる一方で、ROS耐性をもつ変異クローンに有利な選択圧を与えます。
たとえばTET2やDNMT3A変異を持つ幹細胞は、酸化ストレス下でも生存しやすく、炎症や感染のたびに相対的に増加することがわかっています。

つまり、ROSはクローン性造血の“燃料”であり、“選別者”でもあるのです。

  1. クローン性造血と慢性炎症 ― 「炎症老化(inflammaging)」との接点

CHIPを持つ人では、IL-6やCRPなど炎症マーカーが高い傾向があります。
変異を持つ単球やマクロファージは、病原体がなくても常に“警戒状態”にあり、血管壁や心筋で過剰な炎症を引き起こします。

このような状態は「炎症老化(inflammaging)」とも呼ばれ、動脈硬化、心不全、認知症などの共通基盤です。
TET2欠損マクロファージを用いたマウス実験では、ROS依存的なインフラマソーム活性化によって動脈硬化病変が拡大することが示されました。

さらに、DNMT3A変異も心筋リモデリングや線維化を促進し、心不全リスクを高めると報告されています。
これらの研究は、「血液中の変異クローンが全身の臓器炎症を駆動する」ことを意味しています。

  1. ROSと代謝介入 ― メトホルミンの可能性

注目すべきは、ROS制御がクローン性造血の抑制につながるという新知見です。
Nature(2025)は、DNMT3A-R882変異クローンがミトコンドリア代謝阻害薬(メトホルミン)によって抑制されることを明らかにしました。

メトホルミンは複合体Iを阻害して酸素消費とROS生成を抑え、変異幹細胞の増殖を抑制します。
実際、英国バイオバンクの解析では、メトホルミン使用者はDNMT3A-R882型クローンの保有率が半減していました。
これは、ミトコンドリア代謝を標的とした「抗クローン性造血療法」の可能性を示唆します。

  1. ミトコンドリア・酸化還元制御による予防戦略

活性酸素種を完全になくすことはできません。
むしろ適度なROSは、免疫応答や細胞シグナルに必要です。
重要なのは「過剰な酸化ストレスを防ぎ、ミトコンドリアを健やかに保つこと」です。

臨床的に推奨される予防アプローチには以下のようなものがあります:

  1. 抗酸化栄養素の補給
     ビタミンC、E、ポリフェノール、5-ALA、PQQなどはミトコンドリア酵素群の働きを支えます。
  2. ミトコンドリア機能の維持
     適度な運動、サウナや冷温交代浴、質のよい睡眠は、Nrf2経路を活性化し抗酸化防御を強化します。
  3. 代謝介入によるROS制御
     メトホルミンやNMNのようなNAD⁺増強剤、水素吸入療法などは、酸化還元バランスを整え、幹細胞の“健全な選択”を促します。
  4. 慢性炎症の抑制
     口腔内炎症、肥満、腸内環境の乱れなどを整えることは、クローン拡大のリスク低減に直結します。
  1. 「血液の老化」を防ぐという新しい発想

私たちは長らく「老化=臓器の衰え」と考えてきました。
しかし、近年の研究はそれを覆し、「老化の出発点は血液幹細胞にある」ことを示しています。

加齢により変異クローンが増え、ROSがその拡大を後押しする。
その結果、血液が慢性炎症を生み出し、心臓・血管・脳・腎臓といった臓器を蝕んでいく――。
いまや「クローン性造血」は、がんや心血管疾患を超えて、「全身老化のトリガー」として注目されています。

一方で、酸化還元バランスやミトコンドリア機能を整えることで、この進行を緩やかにできる可能性が見えてきました。
未来の医療は、「血液幹細胞のエネルギー代謝」を再生することから老化を治す時代へ向かっています。

まとめ

観点

内容

現象

加齢により、造血幹細胞に遺伝子変異をもつクローンが拡大する(CHIP)

主な変異遺伝子

DNMT3A, TET2, ASXL1, JAK2 など

ROSとの関係

酸化ストレスが正常幹細胞を抑制し、変異クローンを選択的に拡大

臨床影響

心血管疾患・炎症性疾患・がんのリスク上昇

予防の鍵

ミトコンドリアの健康維持・抗酸化・代謝リバランス

参考文献

  • Nature. 2025;642:431–441
  • Physiol Rev. 2022;103:649–716
  • Blood. 2023;142:2235–2246
  • Cell Stem Cell. 2022;29:882–904
  • J Mol Cell Cardiol. 2021;161:98–105
  • Annu Rev Med. 2023;74:249–260

Author:

武本 重毅

聚楽内科クリニックの院長、医学博士。