がん細胞はなぜミトコンドリアを“送り込む”のか ①
第1章 序論:ミトコンドリア研究の新潮流と冨樫グループの位置づけ
ミトコンドリアは古典的には「ATP産生の場」として理解されてきた。しかし近年、ミトコンドリアは単なる代謝装置ではなく、細胞の運命決定・免疫応答・炎症制御・細胞死シグナル・幹細胞機能など、多岐にわたる生命現象を統御する中心的オルガネラであることが明らかになっている。
特に2020年代後半から、
- 細胞間でミトコンドリアが移動する(mitochondrial transfer)
- その移動が病的プロセスに決定的役割を果たす
- がん細胞は積極的にこの機構を利用する
という概念が急速に注目を集めている。
冨樫庸介(Yosuke Togashi)博士を中心とする研究グループは、
この最先端領域において世界的に突出した成果を連続して報告した。
- Mol Oncol(2025)では、
がん細胞が線維芽細胞にミトコンドリアを“供給”し、
CAF(がん随伴線維芽細胞)を誘導する機構を解明した。 - Nature(2025)では、
がん細胞が“T細胞へ”ミトコンドリア(しかもmtDNA変異をもつ)を移し、
免疫細胞を内部から不全化させる
という世界初の免疫逃避メカニズムを明らかにした。
この2つの成果は、
- 腫瘍微小環境(TME)
- 免疫代謝(immunometabolism)
- がん免疫療法
- 老化研究(senescence)
など広範な領域と交差し、
がん生物学の基盤概念を刷新するインパクトをもつ。
以下では、それぞれの論文の詳細を医学的に解説し、
臨床応用の可能性を検証する。

