Director's blog
院長日記

がん細胞はなぜミトコンドリアを“送り込む”のか ③

武本 重毅

第3章 Nature(2025)

がんがT細胞へミトコンドリアを移し、免疫を内部から破壊するメカニズム
(論文:Immune evasion through mitochondrial transfer in the tumour microenvironment)

◆3-1 TILに存在するmtDNA変異の“出どころ”

臨床サンプルのTIL(腫瘍浸潤T細胞)を解析すると、

  • がん細胞と“全く同じ mtDNA 変異”
  • しかも同じ位置・同じ塩基置換

を持つT細胞が多数存在することが判明。

重要なのは、単なる“変異の類似”ではなく、

がん細胞 → T細胞へ mtDNA が移送されたとしか説明できない一致

であった。

この所見は、免疫不全マウスではなく、
ヒト臨床サンプルで初めて確認された決定的証拠である。

◆3-2 ミトコンドリア移送の2つの経路

(1)TNT(細胞間ナノチューブ)

(2)EV(エクソソームなどの小型細胞外小胞)

実験により、

  • cytochalasin B(TNT阻害)
  • GW4869(小型EV阻害)

を組み合わせて阻害すると、
ミトコンドリア移送が大幅に抑制された。

特にTNTと小型EVの“二系統”が主要経路であることが明確になった。

さらに小型EVにはミトコンドリア構成分子だけでなく、
実際にミトコンドリア本体が含まれることも確認された。

◆3-3 “ホモプラスミー置換”という現象

TILを単一細胞レベルで追跡すると、

  • coculture後 15日ほどで
  • T細胞内のミトコンドリアが全て“がん由来”に置き換わる

という現象が観察された。

これは、

正常ミトコンドリアが選択的に破壊され

異常ミトコンドリアが残ることで起こる“占領”

である。

◆3-4 鍵を握るのは“ミトファジーとROS”

T細胞にとって

  • 正常ミトコンドリア → ROSに弱くミトファジーに入りやすい
  • がん由来ミトコンドリア → ROSやミトファジーに強い

という“耐性差”が存在する。

がん細胞は高濃度のROSを周囲に放出するため、

  • T細胞側の正常ミトコンドリアだけが自食作用で破壊
  • がん由来ミトコンドリアは残存
  • 結果としてがんミトコンドリアのみの細胞(ホモプラスミー)が形成

というメカニズムとなる。

◆3-5 USP30が“異常ミトコンドリアを守る盾”だった

USP30はミトコンドリア外膜の脱ユビキチン化酵素で、

  • Parkin依存性ミトファジーを抑制する
  • がん細胞で高発現
  • ミトコンドリアと共にT細胞へ移送される

という特性を持つ。

USP30阻害薬(CMPD-39)やsiRNAを用いると、

  • ミトコンドリア移送が部分的に抑制
  • ホモプラスミー形成が阻害
  • T細胞機能の低下が部分的に回復

することが示された。

◆3-6 T細胞機能の破綻:代謝・老化・分裂不能

がん由来ミトコンドリアを受け入れたT細胞(DsRed+)では、

  • 膜電位低下
  • ROS著増
  • OXPHOS低下・解糖依存性上昇
  • p16/p53上昇
  • β-gal活性上昇(老化)
  • 中央記憶T細胞(TCM)分化不全
  • 増殖能低下
  • PD-1/CD69反応性低下(活性化不能)

といった免疫老化(immunosenescence)と機能不全(exhaustion)が深刻に進行する。

この“内部からの免疫破壊”は、
従来の免疫抑制とは本質的に異なる。

◆3-7 臨床的意義:ICI反応性を左右する指標としてのmtDNA変異

臨床データでは、

がん側にmtDNA変異が存在する患者は

免疫チェックポイント阻害薬(ICI)の奏効率が低い

ことが示された。

これは

  • mtDNA変異 → TILのミトコンドリア破壊 → 免疫疲弊 → ICI抵抗性

という因果モデルを強く支持する。

mtDNA解析は、今後

  • ICI治療の予測バイオマーカー
  • 免疫耐性の判別指標

として臨床実装が期待される。

Author:

武本 重毅

聚楽内科クリニックの院長、医学博士。