前立腺がん治療とホットフラッシュ
―QOLに大きく影響する、見逃されやすい副作用
前立腺がんは日本でも増加しているがんの一つであり、診断や治療技術の進歩により長期生存が期待できる疾患になりました。治療の柱となるのが、男性ホルモン(アンドロゲン)を抑えるホルモン療法(Androgen Deprivation Therapy:ADT)です。この治療はがん細胞の増殖を抑える効果が高く、多くの患者さんにとって必要不可欠です。
しかしその一方で、ホットフラッシュ(ほてり・発汗発作)が大きな問題となります。実際、ADTを受けている患者さんの6〜8割が経験するとされ、特に夜間の発作は睡眠を妨げ、倦怠感、集中力低下、情緒不安、不安感の増悪につながります。生活の質(QOL)を大きく損なうにもかかわらず、「治療の副作用だから仕方がない」と諦めてしまうケースが多く見られます。
なぜホットフラッシュが起きるのか?
男性ホルモンが急激に低下すると、脳の体温調節中枢(視床下部)のバランスが乱れ、体温がわずかに上昇しただけで身体が「熱すぎる」と判断し、皮膚血管拡張や発汗を引き起こします。
つまり、体の異常ではなく「神経系の誤作動」によって起こる症状と言えます。
従来治療と課題
漢方、抗うつ薬(SSRI/SNRI)、降圧薬、ホルモン剤(メゲストロール)などが試されてきましたが、
- 効果が不十分
- 副作用が続く
- 前立腺がん治療と相性が悪い(特にホルモン剤)
といった制限があり、決定的な治療とは言えませんでした。
そこで注目される「ガバペンチン」
ガバペンチンは本来、てんかんや神経痛治療に使われる薬です。しかし、2007年米国臨床腫瘍学会(ASCO)で発表された研究では、前立腺がん患者223例を対象とした厳密な臨床試験において、900mg/dayでホットフラッシュの頻度・強度を約46%改善することが示されました。
これはプラセボ群の2倍を超える効果であり、治療選択肢として大きな意義があります。
国内でも効果が確認された症例
2009年、日本から報告された症例では、前立腺がんホルモン療法後に4年間続いた重度のホットフラッシュに対し、ガバペンチンを400mgから開始し、徐々に増量したところ、
- 7日目 → 症状半減
- 17日目 → ほぼ完全消失
- 以降維持量1,200mgで再発なし
という劇的改善が確認されています。
また副作用は認められず、安全に継続できたと報告されています。
治療の進め方
一般的には次のように段階的に増量します。
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期間 |
推奨量 |
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開始 |
100〜300mg就寝前 |
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1〜2週間 |
600〜900mgへ増量 |
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効果維持量 |
900〜1,200mg(分2〜3) |
腎機能や年齢によって調整しながら、安全性を確認して使用します。
副作用と注意点
眠気、ふらつきが最も多い副作用です。
しかし少量から始めることで多くの場合回避できます。
相互作用が少なく、がん治療中でも比較的使いやすい薬剤です。
まとめ ―「我慢する症状」ではありません。
ホットフラッシュは、前立腺がん治療中の患者さんにとって日々の生活を大きく揺るがす症状です。しかし、近年の研究と臨床経験から、ガバペンチンは有効で安全性が確立しつつある治療選択肢となっています。
「治療だから仕方ない」と思われてきた症状こそ、改善できる可能性があります。
もしつらいほてりや夜間の発汗、不眠でお困りでしたら、遠慮なく相談ください。
QOLを取り戻すことは、治療と同じくらい大切です。

