Director's blog
院長日記

2012年12月に書いた原稿:わたしの考え

武本 重毅

性感染症について注目してみると、不思議の国と思える日本

 日本は先進国という自負があった。しかし実際にはどうであろう。感染症、特に性感染症罹患の側面から眺めてみると、世界の中で日本がどのような状況にあるのかわかる。性感染症といえば、梅毒、淋病、ジフテリアといったところだが、これらの感染率は、先進国の中でも高い値を示している。さらに面白いのは、今日話題になっているヒトレトロウイルス、HIV-1とHTLV-1の感染者数だ。今やグローバルな感染症の代表格となったHIVであるが、この感染者は発展途上国、先進国に関わらず、世界全体に広がっている。そして最近の抗レトロウイルス療法が奏功し、やっとエイズという死の恐怖から逃れることができた。それにも関わらず、日本の感染者数は合計でも1万人を超えたところで、ある意味、世界から取り残された形となっている。しかし、その一方で、別のヒトレトロウイルスであるHTLV-1感染症は、先進国ではなく発展途上国の、しかも世界の限られた地域にしか存在しないが、日本ではこの感染が高率に認められた。

これからのHIV感染症
 HIV感染は、抗レトロウイルス療法の進歩により、恐ろしい死の病ではなくなった。このように2011年のエイズ会議では宣言された。しかし実際のところはどうであろうか.確かにエイズで死亡する患者数は減少したが、代わりに癌や肝障害、心血管障害など、高齢化社会で問題になっているような疾患がその死因となっている。さらには、HIV自体を体から除くことはできないため、HIV感染が持続したまま生存し続ける人々が増えている。このままの状況が続けばどうなるだろう。まずは世界的なエイズ対策支援基金がいつまでもつかわからない。もっと悪い考えは、死を回避できたHIV感染者全てが、ほかの未感染者へのHIV感染予防に努めてくれるかどうかわからない。今日感染者数の減少がみられる地域であっても、今後、ある日突然に、感染者が爆発的に増加を始めるときがくるかもしれない。

慢性感染症となったHIV感染
 治療によりエイズによる死を回避できた患者は、慢性感染症としてのHIVを保持したまま生きることになる。HIV自体にはウイルス癌遺伝子は存在せず、このため癌ウイルスのように高率に白血病やリンパ腫といった血液がんを発症するとは考えられていなかった。ところが今や主要な死因は、癌、リンパ腫、肝障害(肝がんを含む)という悪性疾患である。何故か。それはHIVの感染する細胞が、免疫系の中でも腫瘍を抑えるのに重要な役割を果たす細胞だからである。その免疫細胞はT細胞、樹状細胞などであり、HIV持続感染の問題は、これらの機能を障害していることに他ならない。そしてこのことは、われわれがこれまで、もう一つのヒトレトロウイルスであるHTLV-1で研究してきたことなのだ。ヒトレトロウイルスという同じグループに属しながら、かたや感染したCD4陽性T細胞を破壊して減少させ免疫不全を起こし、他方では感染したCD4陽性細胞を腫瘍化に導き増やすという、それぞれ全く正反対の病態を引き起こすHIV-1とHTLV-1が、皮肉なことに、治療の進歩により、同じ発癌ウイルスとしての特徴を現すようになってしまったのである。

Author:

武本 重毅

聚楽内科クリニックの院長、医学博士。