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院長日記

MITO RISING Perspective:回復力の代償コスト― なぜ、何もしていないのに疲れるのか? ミトコンドリアとGDF15が教えてくれること ―

武本 重毅

「十分に寝たはずなのに、疲れが取れない」

「以前と同じことをしているのに、すぐ疲れてしまう」

「特に何もしていないのに、身体が重い」

こうした経験はないでしょうか。

私たちは疲労を感じると、「エネルギーが不足しているのではないか」と考えます。

しかし、近年のミトコンドリア研究から、もう一つの可能性が見えてきました。

身体は、エネルギーが足りないだけではなく、生命活動を維持するために、以前より多くのエネルギーを必要としているのかもしれない。

私はこの問題を、「回復力の代償コスト(Compensatory Cost of Recovery)」という視点から考えてみたいと思います。

1|ミトコンドリアが弱ると、身体は省エネになるとは限らない

ミトコンドリアは、私たちの細胞の中でATPというエネルギー通貨を作る重要な小器官です。

加齢や病気などによってミトコンドリアの機能が低下すると、エネルギーを効率よく作れなくなる場合があります。

ところが、身体が必要とする仕事は減りません。

心臓は拍動し、脳は働き、筋肉は姿勢を保ち、免疫細胞は身体を守り、傷ついた細胞は修復を続けています。

エネルギーを作る効率が悪くなれば、同じ働きを維持するために、より大きな代謝負担が必要になる可能性があります。

つまり、

エネルギーを作れないことと、エネルギーを余分に消費することは、同時に起こり得るのです。

ただし、すべてのミトコンドリア機能障害で消費エネルギーが増えるわけではありません。

2|最新研究が明らかにした「見えないエネルギー消費」

2026年の研究原稿で、米国コロンビア大学のMartin Picardらの研究グループは、ミトコンドリア病患者と健康な人のエネルギー消費を詳しく比較しました。

研究では、遺伝的なミトコンドリア異常を持つ患者10人と健康対照10人を対象に、代謝室内でのエネルギー消費と日常生活での活動量を測定しました。

すると、興味深い結果が得られました。

ミトコンドリア病患者では、代謝室内で測定した24時間のエネルギー消費量が、除脂肪量で補正した比較において、平均で約196 kcal/日高かったのです。

さらに、活動に関連するエネルギー消費の指標も高くなっていました。

しかし、日常生活では、患者の身体活動量が健康対照群より約39%低く、総エネルギー消費量には有意な差がありませんでした。

これは何を意味するのでしょうか。

身体は、生命活動に必要なエネルギー負担が増えた分、日常の活動量を減らすことで、全体のエネルギー収支を調整している可能性があるのです。

なお、この研究は少人数のミトコンドリア病患者を対象としたものであり、一般的な加齢や疲労にそのまま当てはまると証明されたわけではありません。

それでも、疲労を考えるうえで重要な視点を提供しています。

3|疲労は、身体が自分を守ろうとするサインかもしれない

私たちは疲れると、以前のように動けない自分を「体力が落ちた」と感じます。

もちろん、筋力低下、貧血、睡眠障害、心臓や肺の病気など、疲労にはさまざまな原因があります。

しかし、ミトコンドリア機能障害のある身体では、別の説明も考えられます。

動くためのエネルギーコストが高くなりすぎているため、身体が活動を抑えている。

もしそうであれば、疲労は単なる能力の低下ではありません。

身体のエネルギー収支を守るための、適応反応という側面も持っていることになります。

ただし、活動量の低下が本当にエネルギー節約を目的とする反応なのか、それとも病気そのものによる結果なのかは、今後の研究課題です。

4|GDF15――ミトコンドリアのストレスを脳へ伝える分子

ここで注目されているのが、GDF15というタンパク質です。

GDF15は、ミトコンドリアの機能障害、炎症、低酸素、組織障害など、さまざまなストレスに応答して増加します。

そして血液中に放出され、主に脳幹に存在するGFRALという受容体を介して、食欲や身体の行動に影響を与えます。

今回の研究では、ミトコンドリア病患者の血中GDF15濃度は健康対照群の約4.6倍でした。

さらに、GDF15の高値は、疲労感、エネルギー負担の大きさ、日常活動量の低下などと関連していました。

つまり、GDF15は、ミトコンドリアが置かれた厳しい状況を、身体全体へ知らせるシグナルの一つかもしれません。

ただし、GDF15が直接疲労を引き起こすことが今回の研究で証明されたわけではありません。

また、GDF15は悪い物質というわけでもありません。

一時的なストレスでは組織保護に働く場合がある一方、慢性的な高値は食欲不振や筋肉量の減少などと関連することがあります。

大切なのは、GDF15の数値だけでなく、なぜ増えたのか、どれほど続いているのか、そして身体がストレスから回復できているのかを考えることです。

5|私が提唱する「回復力の代償コスト」とは何か

私はこれまで、老化を単なる時間の経過ではなく、「回復する能力が徐々に失われていく過程」と捉えるRecovery Capacity Theoryを提唱してきました。

今回の研究を、この理論から考えてみます。

健康な身体でも、日々さまざまなストレスや損傷が起こります。

しかし、私たちには、それを修復し、調整し、再び活動できる状態へ戻す能力があります。

この過程にはエネルギーが必要です。

ところが、ミトコンドリアの機能が低下すると、身体を維持するための負担が大きくなり、修復や活動に使える余力が制限される可能性があります。

ここでいう「回復力の代償コスト」とは、

身体の機能を維持し、ストレスから回復しようとする際に、機能障害を補うため追加的に必要となるエネルギーや生理的負担

を意味します。

これは私がRecovery Capacity Theoryから発展させて提案する研究概念であり、現在確立された医学的診断名や測定指標ではありません。

回復力を考えるとき、単に「どれだけエネルギーを作れるか」だけでなく、「同じ働きを維持するために、どれだけ余分な負担を支払っているか」も重要になるのではないでしょうか。

6|回復力を取り戻すとは、エネルギーを増やすことだけではない

これまで健康づくりでは、筋力を増やす、持久力を高める、エネルギー産生を改善するといった方向が重視されてきました。

もちろん、これらは重要です。

しかし、もう一つ考えるべきことがあります。

身体が支払っている、余分な代償コストを減らすことです。

睡眠の改善、栄養状態の適正化、慢性疾患の治療、過度な炎症や身体的負担への対応、そして個々の状態に応じた運動などは、身体の機能と回復を支える基本的な取り組みです。

ただし、これらがGDF15を低下させたり、今回提案する代償コストを直接減少させたりすることまで、十分に検証されているわけではありません。

今後は、GDF15などのストレス指標に加え、活動時の酸素消費、睡眠、自律神経機能、疲労からの回復時間などを組み合わせることで、回復力をより客観的に評価できる可能性があります。

MITO RISINGが目指す「ミトコンドリア回復医療」は、こうした新しい視点を科学的に検証しながら発展させていく医療です。

7|私たちは、どれだけエネルギーを持っているかではなく、どれだけ戻れるかを考える

疲れない身体をつくることだけが、健康の目標ではありません。

疲れることがあっても、適切に休み、修復し、再び活動できる身体。

それが、私の考える「回復できる身体」です。

そして、その回復を妨げるものは、エネルギーの不足だけではないのかもしれません。

生きるために、余分なエネルギーを支払い続けなければならない状態。

この見えない負担に目を向けることが、これからの老化医学と疲労研究に、新しい問いをもたらすと考えています。

Recovery is not just about producing more energy.

It is also about reducing the hidden cost of maintaining life.

回復とは、エネルギーを増やすことだけではない。

生命を維持するための見えない負担を減らし、再び回復できる余力を取り戻すことでもある。

Aging is not time. It is the loss of recovery capacity.

MITO RISING|THE AGE OF RECOVERY

武本重毅 医学博士

MITO RISING CENTER

参考文献

  1. Shaulson ED, et al. Context-specific hypermetabolism in humans with mitochondrial defects. Cell Press Blue. 2026. doi:10.1016/j.cpblue.2026.100129(提供された先行原稿。誌面記載の刊行日は2026年12月21日)
  2. Li J, et al. Overview of growth differentiation factor 15 (GDF15) in metabolic diseases. Biomedicine & Pharmacotherapy. 2024;176:116809.
  3. Salminen A. GDF15/MIC-1: a stress-induced immunosuppressive factor which promotes the aging process. Biogerontology. 2025;26:19.
  4. Labour A, et al. GDF15 is dispensable for the insulin-sensitizing effects of chronic exercise. Cell Reports. 2024;43:114577.

本記事は医学研究に基づく解説と研究仮説を含みます。一般的な疲労の原因をGDF15やミトコンドリア機能障害だけで説明するものではありません。

Author:

武本 重毅

聚楽内科クリニックの院長、医学博士。