Director's blog
院長日記

義父の葬儀に参加して(2013年3月22日)

武本 重毅

高齢者の方々を見送る機会が多くなりました。

7年ほど前にタイの義父の葬儀に参加したときのことです。

家内の父親が、去る2013年3月17日午後8時50分(日本時間午後10時50分)に、脳梗塞後出血で亡くなった。
苦痛もなく眠るように穏やかな表情だった。

実は、16日の夜に関西国際空港を発ち、17日朝に見舞った際には、人工呼吸管理下に昇圧剤の投与を受けながら生命を維持していた。
その後親族で話合っていただき、昇圧剤の投与を中止したのであった。

そして18日の夜から葬儀が始まった。
その夜は突風と大雨の荒れ模様の中、
それでも家内と仲のよい看護師が集まってくれた。
私は、家内に従って、
コンケン第一位の僧侶を始めとして、参列者に聖水を渡し、
義父の左手に注いでもらう儀式を担当した。

19日夜には、
コンケン病院救急外傷センター長であるウィタヤ先生が奥様と一緒に、
ホストの一人として参列してくれた。
6月に熊本へ来るのを楽しみにしてくれていた。

20日夜には、
コンケン病院長であるウィラパン先生が奥様と一緒に、
その日のホストの一人として参列していただいた。
いつも心底一緒に将来の計画まで考えてくれる最も信頼のおける人物である。

21日の朝は、
私が僧侶達へお礼のお布施を渡していく儀式があった。

そして父の政治家としての交友関係の凄さをまざまざと思い知ったのは、
21日の火葬前の葬儀である。
もちろん子供達の仕事関係で、
法律、医療、金融関係者の参列者もあったが、
600名を超える人々が集まった。

このような規模の葬儀はタイでも珍しいらしい。
何と偉大な義父とその家族であろう。

ウィラサック副院長(コンケン病院)も
蒼々たる政治家たちの中で参列者の代表者の一人として
儀式に参加してくれた。

帰国前の21日夜は、
新築途中の実家で僧侶を招いての儀式も行われ、
私が代表でその儀式を担当した。

その後は家の内外でいくつものグループができて、食事会。
私はビールを飲みまくるテーブルで、
夜空の下、ロウソクの光を囲んで語り合った。
2階の私たち夫婦の部屋(最高に素敵な家内の設計)で、
私専用のトイレを使うのも快感であった。

さて、帰国の当日、
これが大変だった。

コンケン空港にたどり着いたが既にチェックインカウンターは閉じられており、家内に助けてもらいながら、
荷物も出発ゲートで預かってもらうという形で離陸。

ところがバンコクのスワナプール空港に着いてからが大変で、
ラウンジを利用する時間もなく、
空港内を出発ゲートまで500メートル以上走った。
汗まみれでやっとバスに乗り込んだ。

しかし機内では、困っているキャビンアテンダントを助け、
といっても日本の新聞を欲しがっている我が儘な日本人がいたらしく
新聞を探し回っている彼女をみて、差し出しただけなのだが。

その後はとても良くしてくれた。
そう言えば、
2年前のエアフランス機内でも
キャビンアテンダントの病気を診てあげたら
シャンペンをいただいたりしたこともあったな。

今回のように空港を走ったのも、
そう言えばついこの前、
今年の1月末に
ブラジルへJICAフォローアップのために向かう
デルタ航空機に乗る際にもあった。

タイから帰国した足で福岡から羽田へ向かい、
成田周辺が雪で自動車が動かないという状態で
急遽列車を乗り継いで成田へたどり着き
チェックインカウンターへ向かうまでも走った、走った。

何とアクティブな国際的な行動をしている私であろう。

Author:

武本 重毅

聚楽内科クリニックの院長、医学博士。