Director's blog
院長日記

前立腺癌患者さんはNMN服用してよいか?

武本 重毅

先日、前立腺癌を患っている未治療の患者さまから、「NMNサプリメントを試してみたい」という相談を受けました。

わたしの答えは「No」でした。

それは最近の研究で、前立腺癌腫瘍細胞は、その生存と増殖を支えるために、利用可能なNAD+プール(蓄え)を必要とすることがわかってきたからです。

しかも

前立腺癌では、NAD+を消費分解する酵素であるCD38の発現が低下しており、これによるNAD+レベル上昇前立腺癌との関係が明らかになってきました。

このようなことから、NMNを投与すると、NAD+レベルが過剰に上昇し、前立腺癌細胞の増殖と維持をサポートする危険性があると考えた次第です。

その結果、患者さまには「水素ガス療法だけを続けていただき、手術療法、放射線療法、薬物療法など必要な治療を早めに検討してください。」とお伝えしました。

今回はその根拠となった論文の内容を紹介しましょう。

Mol Cancer Res. 2018 Aug 3;16(11):1687–1700.

 

ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+代謝は、老化健康寿命から、糖尿病認知機能など、あらゆることに関連しています。

NAD+を合成できる経路は複数あり、それらはde novo経路とサルベージ経路のいずれかに分けられます。

ほとんどの組織と癌細胞はサルベージ経路を介してNAD+ を合成します

癌細胞における NAD+のターンオーバーは、増殖していない健康な細胞と比較して劇的に増加しているため、NAD+代謝は魅力的な治療の際のターゲットとなっています。

NAD+レベルは、酵素消費によっても調整できます。

NAD+を消費する酵素には、

ポリADPリボースポリメラーゼ (PARP)

サーチュイン

環状ADPリボース合成酵素の3つのクラスがあります。

PARPサーチュインは、DNA損傷薬への反応やタンパク質修飾の調整など、がん生物学においてさまざまな役割を果たしています。

 

環状ADP-リボース合成酵素であるCD38は、

細胞膜や、小胞体 (ER)ゴルジ体ミトコンドリアなど細胞内に局在しており、

哺乳類細胞における主要なNAD分解酵素です。

CD38NAD+を加水分解してADP-リボース (ADPR)を生成します。ADPRはタンパク質に共有結合してその機能を変化させます。

 

CD38発現の変化は、血液悪性腫瘍神経膠腫膵臓癌前立腺癌など、さまざまながんでみられます。

前立腺管腔細胞におけるCD38の発現低下は、前立腺癌を引き起こすのに十分であり、全生存率の低下につながります。

(対照的に、膵臓癌では正常組織と比較してCD38の発現が高いようです。)

CD38発現は疾患の進行と関連しており、

CD38発現が前立腺癌で減少していること、

前立腺癌細胞におけるCD38発現は複数の代謝プロセスに影響を与え、非増殖状態に傾くように細胞を再プログラムすることが証明されています。

このように、

CD38の喪失が前立腺における腫瘍形成における重要なイベントであり、

CD38の喪失が腫瘍細胞に代謝上の利点を与えることを示唆しています。

 

この論文では、CD38発現が前立腺癌で減少しており、前立腺癌腫瘍細胞の代謝能を調節していることが示されました。

これは、前立腺腔前駆細胞におけるCD38の喪失が、

特に炎症に反応して前立腺癌を引き起こす理由をメカニズムとして説明するもののようです。

 

腫瘍細胞は、増殖を維持するために必要な高分子を生成するために、細胞代謝の速度を高める必要があります

腫瘍細胞は、同化反応および異化反応における複数の代謝酵素の補酵素として、NAD+に大きく依存しています。

NAD+は、ポリADPリボースポリメラーゼ(PARP)サーチュイン、および環状ADPリボース合成酵素の基質としても機能します。

細胞内の主要なNAD分解酵素である環状ADPリボース合成酵素CD38の調節不全は、複数の癌種で報告されています。

この研究は、前立腺癌におけるCD38NAD+の調節、および腫瘍細胞代謝の間の新しい関係を示しています。

CD38の発現は、前立腺癌の進行と逆相関しています。

前立腺癌細胞CD38を発現すると、

細胞内のNAD+が低下し、

細胞周期停止p21Cip1 (CDKNA1)の発現が起こりました。

同時に、CD38解糖系およびミトコンドリア代謝を減少させ、

AMP活性化プロテインキナーゼ (AMPK)活性化し、

脂肪酸および脂質合成を阻害します。

ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ (NAMPT) の薬理学的阻害は、CD38発現の代謝結果を模倣し、CD38発現NAMPT阻害の類似性を実証しました。

CD38によるNAD+の調節は、

トランスクリプトームの有意な差次的発現も誘導し、

非増殖性表現型を示す遺伝子発現シグネチャーを生成します。

全体として、前立腺癌の細胞代謝および発達の調節におけるCD38-NAD+軸の新たな役割が明らかとなりました。

 

Author:

武本 重毅

聚楽内科クリニックの院長、医学博士。