ヘムとポルフィリン 9:ヘムの毒性
ヘムは中心金属として鉄を持つポルフィリン錯体で、
酸化還元によって鉄が二価と三価を行き来する性質や二価鉄に酸素分子が結合する性質を利用することによって、
電子伝達、酸素の運搬、酵素の活性中心として用いられる補欠分子族です。
特に酸素呼吸を行うために必須な呼吸鎖を構成するシトクロム類はヘムタンパク質であり、
ヘムは酸素呼吸を行うすべての生物の生命維持に欠かすことのできない分子です。
しかし、その有用性はタンパク質に結合している場合に限られ、
ヘムタンパク質の新陳代謝などによって生じた遊離のヘムは、
酸素分子と化学反応を起こすことで活性酸素種(ROS)を生じる有害な分子(プロオキシダント)です。
したがって、遊離ヘムは速やかに分解される必要があります。
遊離ヘムは炎症および急性肺障害を引き起こします。
溶血性疾患、敗血症、腎障害、マラリア、アテローム性動脈硬化症などでは、大量のヘムタンパク質が血漿中に放出されます。
哺乳類において、ヘムを最も多量に含んでいるのは赤血球です。
赤血球は120 日周期の新陳代謝サイクルを持ち、老化した赤血球から生じる多量のヘモグロビンを速やかに分解する必要があります。
老化赤血球は脾臓(細網内皮系)によって分解を受け、ヘモグロビンはグロビンとヘム分子に分解されます。
このときに生じる遊離ヘムはミトコンドリアの酵素であるヘムオキシゲナーゼ(heme oxygenase:HO)によって、
二価鉄(Fe2+)、ビリベルジン、一酸化炭素(CO)へと分解されます。
この反応でFe2+が放出され、これはすぐに
トランスフェリンによる輸送や
フェリチンによる貯蔵を経たのちに、
最終的には骨髄でのヘムの合成などに再利用されます。
鉄の産生は酸化傷害を惹起する可能性がありますが、
実際にはその結合タンパク質であるフェリチンの翻訳/合成効率を高めることで無毒化し
最終的に細胞外へ鉄を排泄することにより酸化傷害を制御します。
ビリベルジンは
ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド/ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸(NADH/NADPH)依存的なビリベルジン還元酵素によって
ビリルビンへと還元されます。
ビリベルジンとビリルビンはともに非常に高い抗酸化能を示し
細胞、組織を酸化傷害から保護しています。
ビリルビンは不溶性であるので、グルクロン酸抱合を受けて、可溶化され,、胆汁中に排泄されます。
過剰なビリルビンの蓄積は黄疸となって現れます。
一酸化炭素(CO)は
ヘモグロビンへの親和性の高さから一般には化学窒息性毒ガスとして認知されていますが、
ヘムオキシゲナーゼ(HO)から誘導される低濃度のCO、そしてビリベルジン/ビリルビンは、酸化ストレスや炎症の際に重要な細胞保護作用と抗炎症作用を発揮します。
COは一酸化窒素(NO)と同様にシグナル伝達分子として機能するようです。
COの関与するシグナル伝達系としては、
NF-κBを介した炎症や細胞増殖や分化
シスタチオニンβ–シンターゼ(ビタミンB6、ヘムを含有)を介した血管拡張や収縮
NPAS2 を介したヘムによる体内時計調節
などが示唆されています。