SF第2話:第1章 異変の兆候
21XX年。かつてオゾン層回復【註6】に成功した人類は、科学技術の飛躍的進歩と共に新たな繁栄を手に入れた。
しかし、宇宙開発競争の激化、環境政策の後退、そして遺伝子改変技術の暴走が、
想像を絶する異変を引き起こしつつあった(オゾン層の破壊【註7】)。
世界有数の医療都市であるメトロポリス・オメガ。
その中心にある最先端の医療研究機関 「オメガ・バイオテック」 のラボでは、極秘プロジェクトが進行していた。
「量子エネルギーを活用した皮膚再生技術」——
それは、ミトコンドリアを人工的に活性化し、DNA修復を加速するという画期的な試みだった。
しかし、ある夜、
実験施設の警報が鳴り響いた。
「被験体の異常活性化」。
研究員たちがモニターを確認すると、
実験体の細胞が制御不能なスピードで変異し、異様なエネルギーを発していた。
突如、ラボの防護壁が破壊され、“それ” は漆黒の闇の中へと消えた。
同じ頃、△△大学病院では、
ミトコンドリア研究の第一人者 Dr. 三戸 近道(みと ちかみち) が、患者の異変に気づいていた。
「このデータ……おかしい。まるで細胞が急激に老化していくようだ……。」
彼は近年、
特定の患者たちが異常なスピードで老化し、難病を発症していることに気づく。
特に皮膚や目、神経系にダメージを受ける症例が増加していた。
ある日、彼がモニターを見つめる中、
ある患者の容態が急変する。
紫外線を浴びたわけでもないのに、皮膚のコラーゲンが破壊され、細胞が一気に老化していく。
さらに、DNA損傷のパターンが通常の紫外線ダメージと異なっていた。
通常の加齢によるものではなく、
まるで細胞が紫外線によって内部から破壊されているかのようだった。
「まさか… 地上に降り注ぐ紫外線量が急増しているのか?」
21XX年
人々は地下都市を作り、
日中は地下のオフィスや地上の建物内で過ごし、
夜になると外に出て、ウォーキングやランニングで汗を流し、レストランで食事を楽しむ生活習慣を送っていた。
すべては紫外線による健康被害を避けるためだった。
彼は衛星データをチェックするが、
公式の発表では紫外線レベルに大きな異常は報告されていない。
しかし、一部の未公開データにアクセスすると、
地球の一部で急激に紫外線量が増加していることが判明する。
特に、特定の時間帯にだけ異常な紫外線が発生しているようだった。
「……まさか。」
彼の脳裏に、かつて読んだ古い論文の一節が浮かぶ。
“人工的に活性化された量子エネルギーが、
予期せぬ形で細胞のミトコンドリアに影響を与えた場合、
それは新たな進化か、それとも未曾有の脅威となるのか——。”
その瞬間、病院のスピーカーから緊急警報が鳴り響いた。
「コード・ブラック発令!
未知の病原体による院内感染の可能性!
直ちに医療スタッフは防護装備を!」
【註6】オゾン層回復への取り組み
1987年のモントリオール議定書によって開始され、オゾン層破壊物質 (ODS) と呼ばれる 100 近くの化学物質の生産と消費の規制を目指してきた。
モントリオール議定書で規定された4年ごとの評価において、成層圏でオゾン層破壊を引き起こす化学物質の生産・使用を世界的に規制してきたことが功を奏して、禁止されたオゾン層破壊物質の99%を段階的に廃止することに成功、成層圏上層のオゾン層の回復により人類が有害な紫外線にさらされる確率の削減に貢献した。そして、オゾン層は、南極では 2066 年ごろまでに、北極では 2045 年までに、その他の地域では 2040 年までに、1980 年の値に回復すると期待されていたのだった。
【註7】オゾン層の破壊
ところが、2020年代前半の新型コロナ禍で疲弊した世界経済ならびに人口増大による食糧危機の影響から、世界各国が自国第一主義、経済重視の政策に転換した。そして先進国は宇宙に目を向け、民間企業によるロケットの打ち上げで放出されるブラックカーボンが中層大気の一部を徐々に暖め、オゾン層を激減させた。打ち上げコストの低下と商業宇宙産業の急成長が、これに拍車をかけた。役目を終えた人工衛星の落下も、成層圏で燃え尽きる際にエアロゾルを放出する。これらの粒子は成層圏に4年ほど滞留するので、特に宇宙船の往来が集中する地域では蓄積が進んだ。このような結果として、そのオゾン層の破壊が起こり、有毒な紫外線が、地球上に降り注ぐようになったのだ。