Director's blog
院長日記

ミトコンドリアの活性化状態を判定する方法

ミトコンドリアの活性化状態を判定する方法には、研究レベルから臨床応用に近いものまでさまざまあります。

主な評価方法
【1】ATP(アデノシン三リン酸)産生量の測定:ATP定量法
• 概要:ミトコンドリアが元気に働いているか(ミトコンドリアのエネルギー産生機能)を反映
• 方法:ルシフェラーゼ反応(発光を使ったバイオアッセイ)で細胞または組織内のATP濃度を測定
• 用途:細胞実験・バイオマーカー評価でよく使用

【2】酸素消費量(OCR: Oxygen Consumption Rate)
• 概要:ミトコンドリアの呼吸活性(電子伝達系の活性)を反映
• 方法:シーホースアナライザー(Seahorse XF)などの機器を使用し、呼吸鎖複合体による酸素消費をリアルタイムで測定
• 用途:研究施設でのミト機能評価に標準的

【3】ミトコンドリア膜電位(ΔΨm)の測定
• 概要:膜電位が保たれているかどうかで、活性の高さを評価
• 方法:JC-1やTMREなどの蛍光色素を使ったフローサイトメトリーや顕微鏡観察
• 特徴:活性化状態だけでなく、アポトーシスの予兆も判別可能

【4】ROS(活性酸素種)の測定
• 概要:ミトコンドリアの活性化に伴って一定のROS(Reactive Oxygen Species)が発生しており、過剰な場合は機能低下を示唆
• 方法:MitoSOXなどの蛍光プローブを使って測定
• 注意点:ROSが多い=活性化とは限らないためバランスの評価が重要

【5】ミトコンドリア数や形態の観察
• 概要:ミトコンドリア数の増加や細長い形態は活性化の指標
• 方法:ミトトラッカー(蛍光色素)を使った顕微鏡観察、電子顕微鏡観察
• 補足:形態(分裂・融合)も機能の目安

臨床応用に近い・すでに実施可能な指標

ミトコンドリアの活性化状態を人間で評価するためには、非侵襲的・低侵襲的な検査が重要です。
【臨床に近い指標】
1. 血中ATP量の測定
• 意義:細胞で産生されたATPが全身にどれくらい供給されているか
• 方法:特殊なバイオルミネッセンス法(ATPルシフェラーゼ反応)を使って測定
• 参考値:明確な基準値はまだ整備段階だが相対変化(治療前後の差)追跡に適用
• 備考:保険適用外の施設検査で実施

2. 乳酸/ピルビン酸比(L/P比)
• 意義:ミトコンドリアの電子伝達系が滞ると、乳酸の比率が上昇
• 正常値:L/P比が10以下程度が目安となり20を超えるとミト機能障害の可能性
• 方法:採血検査(静脈血)で冷却と迅速処理が必要
• 活用例:ミトコンドリア病の診断、疲労感の背景評価

3. 尿中有機酸プロファイル
• 意義:ミトコンドリアの代謝経路(クエン酸回路など)の流れを間接的に評価
• 検出物質:シュウ酸、フマル酸、乳酸、3-ヒドロキシブタン酸など
• 方法:尿検体をGC/MS(Gas Chromatography/Mass Spectrometry)またはLC/MS(Liquid Chromatography/Mass Spectrometry)で解析(専門検査)
• 用途:ミト機能障害・慢性疲労症候群・発達障害などの評価でも使用

4. 末梢血中のミトコンドリアDNA量(cf-mtDNA)
• 意義:血中を循環する無細胞ミトコンドリアDNA量は細胞傷害やストレスの指標
• 上昇する場合:ストレス、炎症、加齢、ミト機能障害など
• 研究段階:まだ一般臨床では未普及だが、抗加齢医学・免疫研究で注目

(参考)

ミトコンドリアは細胞内共生の名残として、細胞の核とは異なる独自のゲノム(ミトコンドリアDNA;mtDNA)を保持する。ヒトmtDNAは約16.5 kbの環状DNAで、22個のトランスファーRNA、2個のリボソームRNA、13個の電子伝達系サブユニットの遺伝子をコードしているが、そのすべてがミトコンドリアにおける酸化的リン酸化によるATP合成に必須である。細胞の種類によってmtDNAのコピー数は異なり、たとえばHeLa細胞では通常、1細胞あたり数百から数千コピー存在している。我々の細胞内におけるエネルギーの多くがミトコンドリアによって産生されるため、個体の生存には正常なmtDNAの維持は必須であるといえる。実際にmtDNAの欠失や変異を発端としたミトコンドリア呼吸機能不全、それに起因する酸化ストレスや代謝異常が、ミトコンドリア病のみならず神経変性疾患や代謝疾患、さらにはがんの発症や進展など多様な病態の原因となる

5. 代謝関連ホルモン・バイオマーカー
• アディポネクチン:インスリン感受性・ミト活性との関連
• FGF21(Fibroblast Growth Factor 21):ミトコンドリア機能障害により肝臓から分泌されるホルモンで、ミトコンドリアストレス応答で上昇
• GDF15(Growth Differentiation Factor 15):細胞ストレス応答因子 FGF21と併用することで診断精度が向上

6. 非侵襲モニタリング機器(参考)
• 近赤外分光法(NIRS):筋肉や脳での酸素利用効率(ミト機能と関連)
• 心拍変動(HRV):自律神経状態とミト機能の相関評価の補助に

【血液検査の主な限界点】

• 組織間ヘテロプラスミー

mtDNA変異の割合(ヘテロプラスミー率)は血液と疾患の主座(脳、筋肉など)で異なるため、血液だけでは見逃されることがある。

• ミトコンドリアの代謝応答は環境依存

飢餓やストレスなどの条件で変動しやすく、GDF15やFGF21などのマーカーも日内変動や栄養状態に影響される。

• 偽陰性・偽陽性のリスク

GDF15やFGF21の上昇は他の疾患(例:糖尿病、がん、肝障害)でも起こりうるため、ミトコンドリア病に特異的とは言えない。

【実用例】
例えば、抗加齢外来や疲労外来などでは:
• 初診時:血中ATP + L/P比 + 尿有機酸 + 臨床症状スコア
• 治療後:ATPやL/P比の変化を見て、NMNや5-ALAなどの効果を判定

Author:

武本 重毅

聚楽内科クリニックの院長、医学博士。