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院長日記

第3回 酸化ストレス——体内から“錆びる”仕組み

武本 重毅

鉄が錆びるように、人の体内でも“酸化”が静かに進行しています。ミトコンドリアで発生する活性酸素(ROS)は、細胞のあらゆる部分を傷つけ、老化を進める要因となります。酸化ストレスの仕組みと、それに対抗する体のメカニズムについて見ていきましょう。

本文:

私たちは呼吸によって酸素を取り入れ、それを使ってエネルギーを生み出しています。しかし、その代償として、細胞内で「活性酸素種(Reactive Oxygen Species:ROS)」という非常に反応性の高い分子が生まれます。これらは本来、体内の防御反応や細胞のシグナル伝達にも利用される重要な物質です。

ところが、ストレス、紫外線、大気汚染、喫煙、過食、過度な運動、あるいは加齢によってROSの産生量が過剰になると、細胞の抗酸化能力では処理しきれなくなり、細胞や組織が損傷を受けるようになります。この状態が「酸化ストレス」です。

特にミトコンドリアは、エネルギー生産過程で大量のROSを生み出す主な発生源であり、しかもROSの標的になりやすいという二重のリスクを抱えています。ミトコンドリア自身のDNA(mtDNA)は、核DNAと比べて防御機構が弱く、傷つきやすいという特徴があります。ROSによってmtDNAが損傷を受けると、ミトコンドリアの機能が低下し、さらに多くのROSが生成されるという“悪循環”に陥ります。

また、ROSは細胞膜を構成する脂質(特に不飽和脂肪酸)を酸化して「過酸化脂質」を作り出し、膜の流動性を低下させ、細胞機能全体に影響を及ぼします。タンパク質も酸化されることで立体構造が変化し、酵素活性の喪失や異常な凝集を招きます。これらのダメージが蓄積すると、細胞はアポトーシス(自然死)あるいは機能停止に向かい、組織の老化へとつながります。

本来、体内にはこれを防ぐための抗酸化システムが存在します。代表的なのは、スーパーオキシドディスムターゼ(SOD)、グルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)、カタラーゼなどの酵素群です。また、ビタミンCやE、ポリフェノール類などの食事由来の抗酸化物質も、酸化から細胞を守る大きな助けになります。

しかし、加齢とともにこれら抗酸化機構の働きは低下し、酸化ストレスの蓄積が進行します。老化が進む人ほど、体内の抗酸化酵素の発現や活性が弱まり、「体が錆びやすい」状態になるのです。

この“体内の錆び”を抑えるアプローチとして、水素ガス吸入や5-アミノレブリン酸(5-ALA)などのミトコンドリア機能改善法が注目されています。水素は直接的にヒドロキシルラジカルという毒性の強いROSを無害化する一方、5-ALAはミトコンドリアの呼吸鎖を補強し、ROS発生を抑える働きがあります。

次回は、酸化と並んで老化を進行させる“静かな火事”——慢性炎症とその原因について解説していきます。

次回予告:

あなたの体の奥で、知らないうちに火事が起きているかもしれません——次回は「炎症」と老化の関係に迫ります。

Author:

武本 重毅

聚楽内科クリニックの院長、医学博士。