がん細胞はなぜミトコンドリアを“送り込む”のか ②
第2章 Mol Oncol(2025)
がん細胞は“ミトコンドリアのドナー”であるというパラダイム転換
(論文:Imperial strategy of cancer cells through mitochondrial transfer)
◆2-1 背景:ミトコンドリア移送研究のこれまで
ミトコンドリアが細胞間で移動する現象は2006年に初めて報告された(Speesら)。
従来、がん研究では下記のような“受け手としてのがん細胞”が注目されてきた:
- CAF → がん細胞へ
- 神経 → がん細胞へ
- 血小板 → がん細胞へ
- 免疫細胞 → がん細胞へ
これにより、がん細胞は代謝を再構築し、薬剤抵抗性や浸潤能を獲得すると考えられていた。
しかし冨樫庸介博士らは、全く逆方向の現象に光を当てた。
◆2-2 主要発見1:がん細胞は“線維芽細胞へ”ミトコンドリアを送る
Cangkramaら(共著)による研究を基盤として、戸嶋グループは、
がん細胞 → 線維芽細胞へのミトコンドリア移送
をTNT(tunneling nanotube)依存的に証明した。
線維芽細胞はミトコンドリアを受け取ると、
- 代謝がOXPHOS優位になる
- ATP産生・ROS産生が増加
- 炎症性サイトカイン(IL-6など)分泌
- ECM産生増加
- がんの増殖・浸潤・血管新生促進
という典型的なCAF表現型へと変貌した。
このCAFは特に、
- myofibroblastic signature(ACTA2・COL1A1)
- inflammatory signature(IL6)
を併せ持つ「ハイブリッドCAF(MitoCAF)」であることが特徴。
ミトコンドリアの質(機能が保たれていること)も重要で、
損傷したミトコンドリアではCAF誘導は起こらない。
◆2-3 主要発見2:MIRO2が“ミトコンドリア輸送”の要である
MIRO2はミトコンドリア外膜に存在するRho GTPaseで、
ミトコンドリア移動を調節する。
本研究では、
- MIRO2を欠損させたがん細胞ではミトコンドリア移送が激減
- CAF誘導も起こらない
- 臨床サンプルではMIRO2が腫瘍浸潤先端部(invasive front)で高発現
などが示された。
これは、がんが空間的にTMEを改造しながら浸潤する戦略の一部である可能性を示す。
◆2-4 総括:がん細胞は“受け取るだけでなく、与える”存在
この成果は、
がん細胞を“代謝的強奪者”としてだけでなく、
周囲の細胞を支配し、帝国の属国化を進める指揮官
として再定義するものである。

