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院長日記

ミトコンドリア病と難聴に対する希望の一歩

武本 重毅

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私たちの体の中には、エネルギーをつくる小さな“発電所”があります。
その名は ミトコンドリア
心臓、脳、筋肉、耳など、たくさんのエネルギーを必要とする臓器を支える、とても大事な存在です。

しかし、このミトコンドリアの働きが弱くなってしまう病気があります。
それが 「ミトコンドリア病」(指定難病) です。

 

ミトコンドリア病とは?

ミトコンドリアの機能が低下すると、全身の細胞が“エネルギー不足”に陥ります。
そのため、

  • 筋力の低下
  • 脳や心臓の機能低下
  • けいれん
  • 呼吸障害
  • 難聴

といった症状が現れることがあります。

特に耳の奥にある「有毛細胞(ゆうもうさいぼう)」は大量のエネルギーを使うため、ミトコンドリアが弱るとダメージを受けやすく、聞こえの低下(難聴)が進みやすいのが特徴です。

現在は根本的な治療薬が少なく、症状に合わせたサポートが中心となっています。

 

新しい治療候補薬「MA-5」とは?

東北大学などの研究チームが開発した化合物で、
ミトコンドリアがエネルギーをつくる力を後押しすることを目的にした薬です。

ミトコンドリアの内部には「クリステ」と呼ばれる細かいヒダ状の構造があり、ここで ATP(細胞のエネルギー)が作られます。
ミトコンドリア病では、このクリステの形が壊れやすく、エネルギーをうまく作れなくなります。

MA-5 は、

  • クリステの形を整えて保護する
  • ATP 産生を助ける
  • 細胞のストレスを減らす

といった働きが報告されています。

すでに健康な成人で安全性が確認され、次の段階として“患者さんを対象とした臨床試験”が計画されました。

 

2025年12月から「医師主導治験」がスタート

2025年12月より、自治医科大学病院(栃木県)など4施設で
難聴を伴うミトコンドリア病患者さん15名
を対象に MA-5 の治験が開始されます。

今回の治験では、

  • 異なる量の MA-5
  • 偽薬(成分の入っていない薬)

を比較し、
安全性と、病気の進行をどれくらい抑えられるか を調べます。

ミトコンドリア病は進行が速いことが多いため、新しい治療薬が臨床試験に進んだことは大きな前進です。

 

なぜ“難聴の患者さん”が対象なのか?

有毛細胞は“音を電気信号に変える細胞”で、ミトコンドリアの働きに強く依存しています。
そのため、ミトコンドリアの機能が落ちると最初にダメージを受けやすい部位です。

難聴の変化は、

  • 聴力検査(オージオ)
  • 語音明瞭度
  • ABR(聴性脳幹反応)

などで客観的に評価しやすく、治療効果を判断しやすいというメリットもあります。

もし MA-5 が「難聴の進行を抑える」「症状を改善する」方向に働けば、他の部位(筋肉、脳、心臓など)にも応用できる可能性が広がります。

 

患者さんとご家族への大きな希望

ミトコンドリア病は患者数が少ない“希少疾患”であり、治療薬の開発は長い道のりとなることが一般的です。
今回の治験はまだ初期段階ではありますが、

  • 症状の進行を遅らせる治療へつながるかもしれない
  • 生活の質(QOL)を守る手段が増えるかもしれない
  • 日本発のミトコンドリア治療薬という新しい未来が開ける

という大きな期待が寄せられています。

ミトコンドリアの研究は、難病だけでなく、
加齢性難聴・生活習慣病・脳の老化など“誰にでも起こり得る健康問題”との関係も深く、今後さらに進歩が見込まれます。

聚楽内科クリニックでは、
「ミトコンドリアの元気を守る」医療を軸に、患者さんの健康と生活を支える診療をこれからも大切にしていきます。

Author:

武本 重毅

聚楽内科クリニックの院長、医学博士。