水素医療の「いま」をやさしく整理してみましょう ―どんな病気で、どこまでわかっているのか?―
近年、「分子状水素(H₂)」を使った“水素医療”が世界中で研究されています。
ご紹介いただいた Xie & Song らの総説(2024)は、100本以上の臨床研究を整理し、9つの臓器系での臨床応用をまとめたものです。ここでは、その内容を患者さん向けにかみくだいてご紹介します。
- 水素って、どんな特徴があるの?
分子状水素(H₂)は
- 無色・無臭・無毒
- とても小さい分子で、細胞の中や脳、ミトコンドリアの奥まで入り込める
- 強すぎる「悪玉」活性酸素を選んで減らし、炎症や細胞死を調整する
といった性質があり、抗酸化・抗炎症・細胞保護のガスとして注目されています。
使い方は大きく分けて:
- 水素ガス吸入(例:3〜4%H₂、あるいはH₂/O₂混合ガス)
- 水素水(Hydrogen-Rich Water:HRW)を飲む
- 水素を溶かした点滴(H₂リッチ生理食塩水)
- 水素水入浴・湿布
- 腸内で水素を発生させるサプリ(乳糖、L-アラビノースなど)
など、さまざまな経路があります。
- どんな病気で研究されているの?
総説では、国際的な病名分類(ICD-11)に基づき、次のような9つの系で臨床研究がまとめられています。
- 呼吸器(ぜんそく、COPD、気道狭窄、COVID-19 など)
- 消化器(肝硬変、GERD、NAFLD、大腸がんなど)
- 血液・腎臓(血液透析中の酸化ストレス)
- 皮膚(褥瘡、潰瘍、乾癬など)
- 眼科(ドライアイ、白内障手術後)
- 神経(パーキンソン病、アルツハイマー病、脳梗塞、くも膜下出血後など)
- 免疫・アレルギー(関節リウマチ、アレルギー性鼻炎)
- 循環器・代謝(高血圧、糖尿病、メタボ、脂肪肝、心筋梗塞後、心停止後など)
- 運動器・スポーツ(運動による疲労、筋肉痛、捻挫など)
多くは小規模の予備的研究ですが、共通して
- 酸化ストレスマーカーの改善
- 炎症物質(IL-6、TNF-αなど)の低下
- 症状スコア(疲労感、痛み、息切れ、QOLなど)の改善
といった“良い変化”が報告されています。
- 消化器・腸内環境との関わり
ご関心の高い腸内フローラ・肝臓・大腸がんについて、総説からポイントを抜き出すと:
- 腸内細菌がつくる水素
- 大腸内の細菌が発酵により水素を発生させます。
- 「水素呼気試験」は、SIBO(小腸内細菌増殖症)や肝硬変、肝性脳症との関連評価に使われています。
- 腸内フローラと薬の組み合わせ
- 糖尿病患者さんで、α-グルコシダーゼ阻害薬(アカルボース)を飲むと、小腸内で細菌が水素を多くつくり、それとともに炎症遺伝子(IL-1β)の発現が下がったというデータがあります。
- GERD(逆流性食道炎)
- PPI+水素水群では、酸化ストレス指標が改善し、自覚症状やQOLが良くなった報告があります。
- 大腸がん・肝臓病
- 進行大腸がん患者で、水素ガス吸入により免疫細胞(CD8 T細胞)の働きが回復し、腫瘍マーカーや予後が改善した可能性が示された小規模研究があります。
- 非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)では、水素水や水素ガス吸入で肝脂肪や肝酵素が改善した報告があります。
IBD(潰瘍性大腸炎・クローン病)そのものに対する大規模臨床試験はまだ少ないものの、「腸内環境・肝臓・大腸がん・炎症」全体をまたぐ“土台”を整える役割として、水素医療が期待されています。
- 神経・循環・免疫など、他の分野のトピック
総説の中で特に目立つのは、次のような分野です。
- 神経:
- パーキンソン病では、水素水がレボドパの効果を高める可能性が報告されましたが、追試でははっきりしない結果もあり、まだ結論は出ていません。
- アルツハイマー病では、水素ガス吸入により認知機能スコアや海馬の画像所見が改善した小規模研究があり、APOE4陽性の軽症例で水素水が有効かもしれないという結果も出ています。
- 循環器・代謝:
- 高血圧患者での低濃度H₂/O₂吸入により、血圧やレニン・アルドステロン系が改善した報告。
- メタボや糖尿病で、水素水により脂質・血糖・酸化ストレスが改善した複数の試験。
- 心筋梗塞や心停止後に、水素ガス吸入を標準治療に加えることで、心機能や脳の予後が良くなった可能性を示すパイロット試験。
- 免疫・炎症:
- 関節リウマチで、水素を溶かした点滴によりIL-6や酸化ストレスが低下し、関節の活動性スコアが改善。
- アレルギー性鼻炎で、水素生理食塩水による鼻洗浄が症状と炎症マーカーを改善。
- 皮膚・眼科・スポーツ:
- 褥瘡や乾癬での水素水入浴・湿布による皮膚症状の改善。
- 白内障手術時の水素入り灌流液で、角膜内皮損傷が軽減。
- スポーツでは、「パフォーマンスそのもの」は変えないが、筋肉痛・疲労感・乳酸・酸化ストレスの軽減に役立つ可能性が多数報告されています。
- ここが重要:まだ「補助療法候補」の段階です
総説の結論で強調されているのは、次の点です。
- 大規模・長期の二重盲検試験はまだ不足している
- 多くは数十例規模のパイロット試験で、「効きそうだ」という段階。
- 病気によって
- ガス吸入が向くのか
- 水として飲むのがよいのか
- 点滴・局所外用がよいのか
最適な投与方法や量、期間はまだ確立されていません。
- したがって、水素医療は
- 既存の標準治療を置き換える「特効薬」ではなく
- 標準治療+生活習慣改善」に“上乗せする補助療法候補
として、慎重に評価されるべきとされています。
- 今後の展望と、患者さんへのメッセージ
- 水素は安全性が高く、低コストで、全身の細胞に届きやすいという大きな利点があります。
- 一方で、「どの病気に、どの投与法で、どのくらいの効果が期待できるのか」をはっきりさせるには、これからの大規模臨床試験が不可欠です。
- 総説の著者らも、「用量・血中濃度・持続時間・標的臓器」をきちんと測り、狙い撃ちできるような“標的型H₂製剤”の開発が重要と指摘しています。
患者さんにお伝えしたいのは、
水素医療は、「怪しい健康法」でも「魔法のガス」でもなく、
世界中で真剣に研究されている“有望な補助療法候補”である
ということです。
当院では、最新のエビデンスを慎重に読み解きながら、
- 標準治療
- 生活習慣(食事・睡眠・運動・ストレスケア)
- そして水素を含む補助的アプローチ
を、患者さん一人ひとりの状態に合わせて組み合わせる「統合的な医療」を目指しています。
「自分の病気に水素療法を取り入れてみたい」「どこまで期待してよいのか知りたい」という方は、自己判断でサプリや機器に飛びつく前に、ぜひ一度ご相談ください。

