Director's blog
院長日記

CD30発見の物語

武本 重毅

カテゴリー: 

リンパ腫研究を変えた「Ki-1抗原」

現在ではCD30はリンパ腫診断や治療に欠かせない分子として知られています。

しかし、その発見は単なる新しい細胞表面マーカーの発見ではありませんでした。

CD30の発見は、

「リンパ腫とは何か」

という病気の理解そのものを大きく変えた出来事だったのです。


1980年代のリンパ腫診断

現在ではリンパ腫は、

  • B細胞由来
  • T細胞由来
  • NK細胞由来

などに分類されます。

しかし1970年代から1980年代初頭にかけては、

大型の異常細胞を持つリンパ腫の多くは、

「組織球由来(histiocytic lymphoma)」

と考えられていました。

つまり、

実際にはリンパ球由来であった多くの腫瘍の正体がまだ分かっていなかったのです。


Hodgkinリンパ腫の謎

特に研究者を悩ませていたのが

Hodgkinリンパ腫

でした。

この病気では、

Hodgkin細胞

Reed-Sternberg細胞

と呼ばれる巨大な異常細胞が存在します。

しかし、

その細胞が何者なのか、

どこから生まれるのか、

長い間分かっていませんでした。


Ki-1抗体の誕生

1982年、

ドイツのHarald Steinらの研究グループは、

Hodgkin細胞を認識する新しいモノクローナル抗体を作製しました。

この抗体は

Ki-1抗体

と名付けられました。

Ki-1抗体は、

Hodgkinリンパ腫細胞を非常に強く染色し、

さらに一部の大型リンパ腫細胞も認識することが分かりました。

後に、

Ki-1抗体が認識していた分子が

CD30

として国際的に命名されます。


CD30が変えたリンパ腫分類

CD30の発見によって、

それまで一括りにされていた大型リンパ腫の中に、

独立した疾患群が存在することが明らかになりました。

その代表が

未分化大細胞リンパ腫(ALCL)

です。

CD30はALCLを特徴づける分子となり、

リンパ腫分類学に大きな変革をもたらしました。

さらに、

Hodgkinリンパ腫のReed-Sternberg細胞もCD30を高発現することから、

リンパ腫研究は

「形態学」

から

「分子病理学」

へと大きく進歩していきました。


CD30は単なるマーカーではなかった

その後の研究により、

CD30は単なる目印ではなく、

TNF受容体スーパーファミリーに属するシグナル分子であることが明らかになりました。

CD30刺激は、

細胞によって

  • 増殖
  • 生存
  • 分化
  • アポトーシス

など異なる反応を引き起こします。

つまりCD30は、

細胞の状態を制御する重要な情報伝達分子だったのです。


CD153の発見

1990年代になると、

CD30の相手分子である

CD30 ligand(CD30L)

が同定されました。

後に

CD153

と呼ばれる分子です。

CD153は

活性化T細胞、

B細胞、

単球、

樹状細胞、

好中球などに発現し、

CD30との結合によって細胞同士の情報伝達を担います。

さらに研究が進むと、

CD153は単なるリガンドではなく、

逆方向にもシグナルを送る

「双方向通信分子」

であることが分かってきました。

ここからCD30研究は、

単なるマーカー研究から

CD30/CD153シグナル研究

へと発展していきます。


そしてATL研究へ

興味深いことに、

CD30はHodgkinリンパ腫やALCLだけでなく、

HTLV-1関連疾患である

成人T細胞白血病リンパ腫(ATL)

でも発現することが知られています。

私たちは長年、

ATL患者血清中の可溶性CD30(sCD30)を測定し、

病勢や治療反応との関連を研究してきました。

治療が奏効するとsCD30は低下し、

再発や治療抵抗性では早期に上昇します。

しかし、

ATL細胞表面のCD30発現は少ないにもかかわらず、

血中sCD30は高値を示すという大きな謎がありました。

近年、

ADAM10/17によるCD30切断や、

細胞外小胞(EV)としてのCD30放出が明らかとなり、

この謎は少しずつ解き明かされつつあります。


CD30研究は新しい段階へ

さらに最近、

CD153が老化関連T細胞(SA-T細胞)に発現し、

免疫老化や慢性炎症に関与することが報告されました。

これは、

CD30/CD153システムが

リンパ腫だけでなく、

老化、

慢性炎症、

自己免疫、

さらには発がんとも関係する可能性を示しています。


おわりに

1982年に発見されたCD30は、

リンパ腫分類を変え、

診断マーカーとなり、

治療標的となりました。

そして現在では、

CD153との相互作用を通じて、

慢性炎症、

免疫老化、

細胞間ネットワークを理解するための重要な分子として再び注目されています。

CD30研究の歴史は、

免疫学・腫瘍学の進歩そのものを映し出していると言えるでしょう。

そして私たちは今、

CD30を単なるマーカーではなく、

生体システムの一部として捉える新しい時代に入ろうとしています。

Author:

武本 重毅

聚楽内科クリニックの院長、医学博士。