なぜATL細胞はCD30を発現するのか?
STAT3とエピゲノム変化の視点から
成人T細胞白血病リンパ腫(ATL)は、
HTLV-1感染によって生じる成熟CD4陽性T細胞の腫瘍です。
しかしATL細胞を詳しく調べると、
一つの不思議な特徴が見えてきます。
それが
CD30発現
です。
CD30は本来どの細胞の分子なのか
CD30は、
Hodgkinリンパ腫や未分化大細胞リンパ腫(ALCL)でよく知られています。
正常免疫系では、
活性化T細胞にも発現しますが、
特に活性化B細胞や胚中心反応に関与する細胞との関連が深い分子です。
そのため、
成熟CD4陽性T細胞由来であるATL細胞がCD30を発現することは、
以前から興味深い現象でした。
1997年のSTAT3との出会い
私たちは1990年代後半、
ATL患者由来細胞におけるSTATシグナルを解析していました。
当時、
HTLV-1感染細胞株では
IL-2依存性増殖からIL-2非依存性増殖へ移行する過程で、
STAT5の恒常的活性化が注目されていました。
そのため、
患者由来ATL細胞でもSTAT5活性化が主体であると予想していました。
しかし結果は予想外でした。
約半数のATL症例で認められたのは、
STAT5ではなく
STAT3
の恒常的活性化だったのです。
多発性骨髄腫との不思議な共通点
この発見が興味深かったのは、
ほぼ同じ時期に
多発性骨髄腫でSTAT3が注目されていたからです。
多発性骨髄腫では、
IL-6
↓
JAK
↓
STAT3
↓
MCL-1
という経路によって、
細胞が生存し続けることが知られていました。
成熟T細胞腫瘍であるATLと、
成熟B細胞腫瘍である多発性骨髄腫。
全く異なる細胞起源にもかかわらず、
同じSTAT3シグナルを利用していることに驚きを感じました。
サイトカイン研究へ
そこで私たちは、
ATL患者血清中のサイトカインを測定することにしました。
なぜSTAT3が活性化されているのか。
その背景にある炎症環境を調べようと考えたのです。
その過程で、
さまざまな炎症性サイトカイン異常とともに、
高濃度の可溶性CD30(sCD30)に出会いました。
これが後のCD30研究の始まりでした。
CD30発現は偶然なのか
当初、
CD30発現はATL細胞活性化の結果と考えられていました。
しかし現在では、
それだけでは説明できないことが分かってきています。
最近の研究では、
CD30陽性リンパ腫で
STAT3異常が高頻度に認められています。
つまり、
STAT3活性化そのものが
CD30発現を誘導する可能性があります。
エピゲノム変化という視点
さらに近年、
ATL研究は新しい段階に入りました。
それが
エピゲノム異常
です。
HTLV-1感染細胞では、
EZH2を中心とするポリコーム複合体異常が起こり、
H3K27me3蓄積によって
遺伝子発現プログラムが再構築されます。
これは単なる遺伝子変異ではありません。
細胞の状態そのものを書き換える現象です。
ATL細胞は部分的にB細胞様なのか
ここで一つの仮説が生まれます。
ATLでみられる
- STAT3活性化
- CD30発現
は、
むしろB細胞系腫瘍でよく見られる特徴です。
もしHTLV-1感染細胞が
長年にわたる慢性炎症とエピゲノム変化によって、
本来のT細胞プログラムだけでなく、
一部のB細胞様プログラムを獲得しているとしたらどうでしょうか。
CD30発現もその結果として理解できるかもしれません。
CD30は細胞表面だけではない
さらに研究が進むと、
CD30は細胞表面に存在するだけでなく、
ADAM10やADAM17によって切断され、
可溶性CD30(sCD30)として放出されることが分かりました。
最近では、
細胞外小胞(EV)としても放出されることが報告されています。
つまりCD30は、
ATL細胞内部のシグナルだけでなく、
周囲の免疫環境を変化させる可能性があります。
CD153との接点
さらに近年、
CD30の相手分子であるCD153が、
老化関連T細胞(SA-T細胞)に発現することが明らかになりました。
もし
CD30陽性ATL細胞
と
CD153陽性老化T細胞
が長期間相互作用しているとすれば、
そこには
慢性炎症
免疫老化
病勢進展
を維持するネットワークが存在する可能性があります。
新しい仮説
現在私たちは、
次のような流れを考えています。
HTLV-1感染
↓
慢性炎症
↓
STAT3活性化
↓
エピゲノム再構築
↓
CD30発現
↓
CD30/CD153システム形成
↓
State Persistence
↓
ATL進展
おわりに
なぜATL細胞はCD30を発現するのか。
その答えはまだ完全には分かっていません。
しかし現在では、
それは単なる細胞活性化の結果ではなく、
HTLV-1感染、
慢性炎症、
STAT3、
エピゲノム変化、
そして老化免疫が交差する場所で起きている現象のように見えます。
もしそうであれば、
CD30はATLのマーカーではありません。
ATLという病気の本質を映し出す
「状態の指標(state marker)」
なのかもしれません。

