Director's blog
院長日記

再生医療で、本当に移植しているものは何だろう?

武本 重毅

カテゴリー: 

細胞を移植する医療から、「回復する力」を届ける医療へ ―

はじめに

「再生医療」と聞くと、皆さんはどのような治療を思い浮かべるでしょうか。

傷んだ臓器に新しい細胞を入れて、失われた部分を作り直す。

おそらく、そんなイメージではないでしょうか。

もちろん、それは間違いではありません。

しかし最近の研究を見ていると、再生医療では、細胞そのものだけではない「何か」も一緒に受け渡されているのではないかと思うようになりました。

その「何か」の一つが、

ミトコンドリア

です。

20年以上前、私には一つの疑問がありました

私は以前、国立病院機構熊本医療センターで再生医療に携わっていました。

当時行っていた治療の一つが、重い血流障害を起こした患者さんに対する自家骨髄細胞移植です。

患者さん自身の骨髄から細胞を採り、それを血流が悪くなった脚へ移植する。

すると、それまで十分な血液が届いていなかった場所に新しい血管が形成され、血流が改善していく患者さんがいました。

目の前で起こっていることは分かります。

血管が増えている。
血液が流れるようになっている。

しかし、私にはずっと分からないことがありました。

なぜ骨髄の細胞を入れると、血管が再生するのだろう?

という疑問です。

当時は、いくつかの説明が考えられていました

一つは、移植した骨髄細胞が血管を作る細胞に変わったのではないか、という考え方です。

もう一つは、移植した細胞がVEGFなどの「血管を作りなさい」という信号を出し、周囲の細胞を刺激したのではないか、という考え方です。

おそらく、こうした仕組みはいずれも関係しているのでしょう。

しかし20年以上たった現在、もう一つ、とても興味深い可能性が見えてきました。

細胞は、ミトコンドリアを他の細胞へ渡していた

ミトコンドリアというと、

「細胞の中でエネルギーを作る発電所」

という説明を聞いたことがあるかもしれません。

ところが最近の研究から、ミトコンドリアは一つの細胞の中にずっと閉じ込められているわけではないことが分かってきました。

細胞は、ミトコンドリアやその一部を、別の細胞へ渡すことができるのです。

しかも、傷ついてエネルギーを十分に作れなくなった細胞が、健康な細胞からミトコンドリアを受け取ると、エネルギーを作る力が改善し、生き残りやすくなる可能性があります。

心臓の研究でも、健康なミトコンドリアを傷害された心筋へ移すことで、ATPというエネルギー物質の産生が増え、心筋を守る作用や心機能の改善が報告されています。

すると、20年前の治療が違って見えてきます

ここからは、まだ証明された話ではありません。

現在の研究をもとに、私が考えている一つの仮説です。

私たちは当時、

「骨髄細胞を移植している」

と考えていました。

しかし、もしかすると移植した骨髄細胞は、そこに残っている傷ついた細胞へ、

成長因子やさまざまな情報だけでなく、ミトコンドリアやミトコンドリアを立て直すための情報まで渡していたのではないか。

そして、

傷ついた細胞

健康な細胞から助けを受け取る

ミトコンドリアが回復する

エネルギーを作れるようになる

細胞が生き残る

新しい血管を作れるようになる

血流が回復する

ということが起きていた可能性も考えられるのです。

当時の臨床例で実際にミトコンドリア移動を確認したわけではありません。

ですから、

「骨髄細胞移植とはミトコンドリア移植だった」

と断定することはできません。

けれども、20年以上前には考えることさえ難しかったこの仮説を、今なら科学的に調べることができるようになりました。

そして、同じ疑問を現在のiPS再生医療にも感じています

現在、心臓の再生医療では、iPS細胞から作った心筋細胞を、

心筋シート

心筋球

と呼ばれる細胞の集まりにして、傷んだ心臓へ移植する研究・臨床開発が進んでいます。

もちろん大きな目的は、失われた心筋を新しい心筋細胞で補うことです。

しかし私は、ここでも同じ問いを考えています。

移植されたiPS心筋細胞は、本当に新しい心筋になるだけなのだろうか?

現在では、iPS細胞から作った心筋細胞が、小さな袋のような構造を使って、ミトコンドリアに関係する物質を周囲の傷ついた心筋細胞へ届けられる可能性が報告されています。原稿でも、こうしたEVがATP産生を回復させ、活性酸素を減らし、収縮機能を改善する可能性を取り上げています。

だとすれば、心筋シートや心筋球は、

「新しい心筋になるための細胞」

であるだけではなく、

「周囲の心筋を助ける細胞」

としても働いているのかもしれません。

「細胞を入れる医療」から「回復する力を届ける医療」へ

これまでの再生医療は、

失われた細胞

新しい細胞を移植

新しい組織を作る

という考え方が中心でした。

しかし、現在見えてきている可能性を加えると、

移植した細胞

周囲の傷ついた細胞へ情報を送る

ミトコンドリアやその関連物質を受け渡す

残っている細胞がもう一度働き始める

組織全体が回復する

という、もう一つの物語が見えてきます。

元の総説でも、この点を「ドナー細胞は失われた細胞を置き換える材料だけでなく、傷害組織へ回復情報を届ける存在かもしれない」と位置づけています。

だから私は、再生医療をこう考えてみたいのです

再生とは、

新しい細胞を作ることだけではない。

傷ついて働けなくなった細胞が、

もう一度エネルギーを作り、
もう一度周囲とつながり、
もう一度自分の仕事ができるようになること。

そこまで含めて「再生」と呼んでもよいのではないでしょうか。

すると、最初の問いへの答えも少し変わってきます。

再生医療で、本当に移植しているものは何だろう?

細胞を移植している。

それは間違いありません。

でも、その細胞とともに、

情報を届け、
エネルギーを作る力を届け、
ミトコンドリアを届け、
そして「もう一度働く力」を届けているのかもしれない。

再生医療は、「細胞を補う医療」から「回復する力を届ける医療」へ。

Author:

武本 重毅

聚楽内科クリニックの院長、医学博士。