医療トピックス
食と健康
「食べる力」=「生きる力」を育む
「食育」の話
食育における高齢者の健康維持と認知症予防
「食育」とは
「食育」とは、様々な経験を通じて「食」に関する知識と「食」を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てることです。2005年に成立した食育基本法においては、生きるための基本的な知識であり、知識の教育、道徳教育、体育教育の基礎となるべきもの、と位置づけられています。食育とは、様々な経験を通じて、「食」に関する知識と、バランスの良い「食」を選択する力を身に付け、健全な食生活を実践できる力を育むことです。食べることは生涯にわたって続く基本的な営みですから、子供はもちろん、大人になってからも「食育」は重要です。健康的な食のあり方を考えるとともに、だれかと一緒に食事や料理をしたり、食べ物の収穫を体験したり、季節や地域の料理を味わったりするなど、「食育」を通じた「実践の環(わ)」を広げましょう。
なぜ「食育」が大事なのか
食をめぐる課題の解決には、「食べる力」=「生きる力」を育むことが重要です。「食育」は、生きる上での基本であって、知育・徳育・体育の基礎と位置づけられるとともに、様々な経験を通じて「食」に関する知識と「食」を選択する力を習得し、健全な食生活を実践できる力を育むことを目指しています。こうした「食育」がいま重要とされる背景には、近年、食に関連した様々な課題が浮上していることがあります。例えば、栄養の偏りや不規則な食事などによる肥満や、それらが原因と考えられる生活習慣病の増加がみられます。また、若い女性を中心にみられる過度のダイエット志向に加え、高齢者の低栄養傾向等の健康面での問題も指摘されているところです。また、食の安全や信頼にかかわる問題や、外国からの食料輸入に依存する問題など、食を取り巻く環境が大きく変化しています。
こうした中で、食に関する知識を身に付け、健康的な食生活を実践することにより、心と身体の健康を維持し、生き生きと暮らすために、「食育」を通じて、生涯にわたって「食べる力」=「生きる力」を育むことが重要になっているのです。「食育」によって身に付けたい「食べる力」には、食事を通じて「心と身体の健康を維持できること」、「食事の重要性や楽しさを理解すること」、「食べ物を自分で選択し、食事づくりができること」、「家族や仲間と一緒に食べる楽しみを味わうこと」、「食べ物の生産過程を知り、感謝する気持ちを持つこと」などが含まれます。これらは、子供のころから家庭や学校、地域など様々な場所で学び、身に付けていくものです。そして、大人になってからも生涯にわたって実践し、育み続けていくものです。さらに大人には、そうした食の知識・経験や日本の食文化などを「次世代に伝える」という役割もあります。「食育」を実践するのは、皆さん一人ひとりです。以下に紹介する日常生活の中での主な取組みを参考に、できることから「食育」を始めましょう。
食育の環(わ)
チーズは生乳のタンパク質を凝固させ水分を絞って作りますが、100グラムのチーズを作るのに必要な牛乳は1000ml。つまり10倍量の栄養素がギュッと凝縮されているのです。特にナチュラルチーズは「白い肉」という別名があるほど、良質なたんぱく質を含んでいます。さらに牛乳を飲むとおなかの調子が悪くなる乳糖不耐症の人も、チーズならば問題なく食べることができます。
高齢者の場合
食事の量や内容が不十分だと体重が減り、体力も衰えてきます。主菜や乳製品などもしっかりとって、健康や体力を維持しましょう。また、高齢になるとのどの渇きを感じにくくなり、脱水症状を起こしやすくなる可能性も伝えられています。こまめに水分補給をするよう心がけましょう。
だれかと一緒に食事をつくったり食べたりすると、おいしさも楽しさもアップ何人かで食卓を囲む食事の場は、コミュニケーションの場でもあります。しかし、最近は、核家族化やライフスタイルの多様化などによって、家族みんなが集まって食事をする機会が減っています。また、若者からお年寄りまで、一人暮らしの人も多くなっています。一人だと食事の支度が面倒で料理をしなくなったり、食欲が出なかったりする人も少なくありません。一人で食べることが多い人は、家族や仲間と、会話を楽しみながら、ゆっくり食事をする機会を増やしていきましょう。みんなで一緒に食卓を囲んで、共に食べることを「共食(きょうしょく)」と言います。共食には、一緒に食べることだけではなく、「何を作ろうか」と話し合って一緒に料理を作ったり、食事の後に「おいしかったね」と語り合ったりすることも含まれます。子供がいる家庭では、家族みんなで一緒に食卓を囲むことによって、子供たちが食事の楽しさを実感することができます。また、箸の正しい持ち方や 食事のマナー、「いただきます」「ごちそうさま」といった食事のあいさつ、栄養のバランスを考えて食べる習慣や食べ物を大事にする気持ち、郷土料理や季節の料理といった食の文化などを、親や祖父母から子供に伝える良い機会にもなります。
一人暮らしの人は、友達や仲間を誘って一緒に食事をつくったり、食べたりする機会を増やしてみませんか。一緒にお弁当を食べたり、食堂で食べたり、誰かの家でホームパーティーをしたり。地域の食事会や食のイベントなどが開催されている場合もありますので、積極的に参加して、一緒に食べる楽しさを味わいましょう。近年、地域住民等による民間発の取組として無料または安価で栄養のある食事や温かな団らんを提供する子供食堂等が広まっており、家庭における「共食」が難しい子供たちに対し、「共食」の機会を提供する取組みも増えています。「食育」は、世界共通の活動で、フランスでは味覚の授業と題して子供達を中心に広まっています。そこでわれわれは、もちろん子供達だけではなく、高齢者の方の健康維持や病気にも「食育」が必要であると考えます。
フランスでの歴史
「味覚の授業」は1990年10月15日、ジャーナリストで料理評論家のジャン=リュック・プティルノー氏とパリのシェフたちが一緒になり、「味覚の一日」を開催したことに始まります。当時フランスでは、子供たちを取り巻く食文化の乱れが深刻な問題となっていました。次世代を担う子供たちにフランスの食文化をきちんと伝えようというプティルノー氏の思いを原動力とし、「味覚の一日」は年々その活動をフランス全土へと広げていきました。1992年には、特定の層だけではなく、全国民がフランス料理という国家遺産の素晴らしさを発見、学習する場として、「味覚の一週間」という名称になり、一週間にわたって様々な催しが企画、開催されるようになりました。2013年に24周年を迎えた「味覚の一週間」は現在、企業だけでなく、国民教育省、農業漁業省などの政府機関も参画する、国を挙げた「食育」へと成長しています。
フランスにおける実績
これまで26年以上の歴史を有し、8割以上のフランス人に認知されている国民的「食育」活動です。企業だけでなく、農業・漁業省なども参画し、フランスの食育活動の中でも重要な位置を占めています。フランス国立文化評議会も加わり、「味覚の一週間」の中心的な活動である「味覚の授業」には、 約5000人の料理人が参加し、2015年度は150,000人の生徒が受講しました。
味覚の授業とは
「味覚の授業」は、五感を活用しながら、味の基本となる4つの要素(塩味、酸味、苦味、甘味)に、日本に根付き第5の味と言われる「旨味(うまみ)」を加えた5味についての知識や味わうことの楽しみに触れる体験型学習です。ここでは詳細を省きますが、舌咽神経(IX)や顔面神経(VII)で味覚を感知します。あと1つ辛味についてですが、実は辛味は味覚とは異なり、痛みや熱といった刺激と同様に三叉神経(V)で感じるものなのです。辛味は体内の活動を高め、消化管運動を促進し、唾液や胃液の分泌を高め、栄養が吸収されやすくします。
三叉神経(さんさしんけい)とは?
三叉神経は、12対ある脳神経の一つであり、第V脳神経とも呼ばれます。三叉とはこの神経が眼神経(V1)、上顎神経(V2)、下顎神経(V3)の三神経に分かれることに由来しています。体性運動性と知覚性の混合神経であり、脳神経のなかで最も大きな神経です。知覚性の部分は延髄、橋、頚髄上部にわたってみられる縦に長い三叉神経脊髄路核と橋の被蓋にある三叉神経主知覚核の両方から起こり、橋の外側縁から脳の外へ出ます。この部分は太いので大部と呼ばれます。これに対して運動性の部分は小部といわれ、橋の被蓋にある三叉神経運動核から起こり、大部と並んで走行しています。大部は側頭骨の錐体にある三叉神経圧痕というくぼみに半月神経節をつくり、ここから眼神経(V1)、上顎神経(V2)、下顎神経(V3)の3本の大きな枝に分かれるので、三叉神経と呼ばれています。なお半月神経節は脊髄神経節と相同な脳神経の神経節です。小部は半月神経節に参加せず、その傍らを通り、下顎神経に合流する。大部は顔面の知覚を司り、小部は咀嚼筋の運動を司ります。
大部)前頭部、顔面、鼻腔および口腔の粘膜、歯、脳硬膜の痛覚・温度覚・触覚と歯、歯根膜、硬口蓋、顎関節、咀嚼筋の固有感覚の情報を伝える一般体性求心性線維。
小部)咀嚼筋(側頭筋、咬筋、外側翼突筋、内側翼突筋)、顎二腹筋の前腹部分、顎舌骨筋、鼓膜張筋・口蓋帆張筋への特殊内臓性遠心性線維。
認知症(老化にともなう心の病気)
健忘(けんぼう)が中心症状で、あらゆる精神活動が徐々に低下していきます。最初、社会生活に支障をきたすようになり、ついで、日常生活も困難となり、やがて、無自覚、無反応の寝たきり状態になります。
認知症は、老化にかかわりが深く、まだ原因がはっきりしないアルツハイマー型認知症と、脳梗塞や脳出血が繰り返し起こって脳全体が障害されておこる脳血管性認知症などがあります。以前日本には脳血管性認知症が多いといわれてきましたが、高齢者が増えた現在ではアルツハイマー型認知症と脳血管性認知症が2大認知症といわれ、両方の合わさった混合性認知症も増えると考えられます。
認知症の初期サインのひとつ:味覚障害
認知症は加齢とともに発症率が高まる病気のため、長生きの人は誰でもかかる可能性があります。また、認知症の発症原因の半数近くを占めるアルツハイマー病は元に戻らない進行性の脳の病気です。これらのことから、認知症はどうせ治らない病気、医者にかかっても仕方ないという人がおられますが、これはあまりよろしくない考えです。他の病気と同じように認知症においても早期発見・早期受診が大切になります。症状を放置する選択肢をとるのであれば、よくなる可能性の芽を紡いでしまうことになります。また、もし認知症と診断されたとしても、早い段階で適切な治療に取り組むことで、重症になるまでの時間を長くできます。そして、脳の機能が残っているうちに、本人も家族も認知症への理解を深め、生活スタイルを見直すことで、生活や介護での負担やトラブルを軽減することも可能です。よき未来への可能性を残し、それを広げるには、早期発見・早期受診が大切ということになります。早期発見・早期受診には、本人や周囲が認知症の初期サインに気づくことがポイントになります。認知症の初期サインのひとつとして、通常のように味が感じられなくなる「味覚障害」を指摘する研究者がいます。味覚は五感の1つで、食べものの味を楽しんだり、食べてはいけないものを見分けたりするのに必要な感覚です。味覚障害が起きますと
例えば、
- 辛いものが好きだったのに甘いものが好きになる。
- 味にうるさかった人が文句もいわずに何でも食べる。
- 料理する人であれば、その料理の味付けが変わる。
などの変化がみられます。アルツハイマー型および脳血管性の認知症では、健常者と比較して、味覚に関する認知機能が低下しているという研究報告があります。舌にある味覚神経が正常にはたらいていても、電気信号を受け取る側の脳の神経細胞がやられていれば、正常に味を感じられなくなります。アルツハイマー型認知症では、脳の中の多くの神経が失われることがわかっており、脳の味覚を感じる味覚野とよばれる部分も影響を受けるといわれています。高齢者を対象に味覚障害の有無を調べることで、認知症の早期発見・早期診断につながる可能性があります。また、味覚障害に気づかず放置していますと、濃い味付けを好んで塩分や糖質の過剰摂取につながり、高血圧や糖尿病になる危険性があります。そして、これら高血圧や糖尿病はさらなる認知症の危険因子となっています。なお、年齢や生活習慣、舌や脳の病気、糖尿病や腎臓病、膠原病、ストレスなどによって味を感じなくなってしまうことがあります。味覚障害は亜鉛不足や薬の副作用によって起きる場合もあります。認知症の初期サインのひとつに味覚障害がありますが、味覚障害があるからといって、それが認知症のサインとは限りません。味覚障害がみられたときは、放置するよりも専門医への受診や生活スタイルの見直しを検討することで、よき未来への選択肢の幅が広がることになります。