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聚楽内科クリニック院長先生の
健康講座

第6回:

総説:「進む日本医療の国際化」~これからの国際医療協力が果たす役割と注意点~

    開催日:
    2016年
    講師:
    聚楽内科クリニック院長 武本重毅

I. はじめに

 これからの日本医療の国際化についての情報を提供し、私の個人的な見解を述べたいと思います。内容は次の3部から成ります。まず医療の国際化が必要となる理由、次に私が実際に見聞きした発展途上国の状況、そして今政府は医療に何を期待しどの様に舵を切ろうとしているのか、という内容です。ここで紹介するのは、日々のニュースの他、そのソースとなった政府各省庁からの情報、そして参加した国際医療シンポジウム Go Global 7やMedical Excellence JAPANセミナーで得た情報になります。

 今や、世界の国々が資源を共有し、経済のバランスを取り合い、インターネットを通じて瞬時に情報を共有する時代になりました。そのような状況の中で、ヒトは企業とともに他国へ進出し、海外で学び、出稼ぎに行き、あるいは戦火を逃れて移動するようになりました。また、気候変動により農作物の産地や魚介水揚げ場所の変化がみられ、台風の進路が変わるなど、人々の生活に影響を与えています。そして日本では、皆中流階級と言われていた安定した所得生活は過去のものとなり、他の国々と同じような格差社会へと変化し、少子高齢化が進み、人口減少、特に労働人口の減少が始まりました。本総説では、その変化の中で今、私たちに何が求められているのかということについて、考えてみたいと思います。

II. 日本の少子高齢化と外国人労働者の増加

 まず、今の日本の現状、問題点につきまして、思うところを述べてみます。

 皆様ご存知のように、日本の高齢化率というのは、世界のトップを走っています。日本の最近の平均寿命は、男性80.79歳、女性87.05歳で、男性は世界4位(1位は香港で81.24歳、2位はアイスランドとスイスの81.0歳)と女性は2位(1位は香港で87.32歳)、そして自立で過ごせる健康寿命は2013年に、男性が約71歳、女性が約76歳で、男女とも世界一位です。

 日本の都道府県の65歳以上人口の割合は、年々増加し、例えば私が65歳になる2025年には東京・大阪・名古屋という大都市を除く日本全国でその割合が30%以上になります。そして、さらに問題なのは、進む人口減少です。2008年の1億2,808万人をピークとして、人口は減少局面に入りました。



 このままのペースでは、私が90歳になる2050年には人口が1億人を割り込み、その50年後には人口が一気に半分になるといわれています。そのときを想像してみてください。地方には道路などインフラの整備ができず、水道などのライフラインも維持できないようなゴーストタウンが点在しているかもしれません。

 そして、人口が減少しているにもかかわらず増加し続ける医療費は、2015年度41兆4,627億円となり、世界で3番目に高額となりました。その原因の一つが高齢化と言われています。理由は、国民1人当たりの医療費が、75歳未満で22万円なのに対し、75歳以上では94万8,000円と、その4倍以上だからです。これらの影響は、経済、社会保障、地域社会などのあらゆる面におよび、社会保障給付の増大や現役世代負担の増加、地方の人材不足の原因となっています。

 その人材不足を補っているのが、実は外国から来日した労働者たちなのです。2015年の10月末時点で、届出義務化以来、過去最高の約91万人もの外国人労働者が日本の産業を支えてくれています。


 人口のピークは2008年でしたが、15歳~64歳にかけての生産年齢人口は、その13年前から減少に転じていました。このように、純粋に日本人だけでは医療や介護の今のレベルを維持するのが困難な時代に入った、と言っても過言ではありません。

 これで日本の現状・問題点を御理解いただけたと思います。

III. 国際協力機構(JICA)集団研修・第三国研修ならびにタイ国コンケン病院との姉妹協定

 次にご紹介するのは、私が携わった国際医療協力です。

 私が勤務しておりました国立病院機構熊本医療センターでは、2016年4月までに、120ヵ国から1504人の海外からの研修員を受け入れてまいりました。その始まりは,スイスのジュネーヴにあります世界保健機構(WHO)本部で、天然痘撲滅に貢献された蟻田 功先生が、熊本に戻られ、当院院長になられた1985年のことでした。それから熊本における国際医療協力の幕が開きました。私が医師になった1989年には、最初の集団研修コースが開催され、その後は河野文夫元院長先生が積極的に活動されて、今に続く歴史ある国際協力となりました。

 私は、2006年からこの国際医療協力に参加させていただきましたが、これまで多くの研修員と出会い、多くのことを学びました。特にAIDSの予防及び対策コースでは、国内外の著名な先生方とも会う機会に恵まれました。2013年に訪問したブラジルでは、政府と市民が一丸となってエイズ治療に取り組んでいることを知りました。例えばエイズ治療薬を多くの国民に無料配布するため、エイズ治療薬の多くをブラジル国内で生産、そして政府が製薬企業との間で交渉し薬価引き下げに成功し、さらには結核の無料治療の対象を隣接する周辺国の患者まで広げていました。これらは、結果として、国民の生産力と国力を守り、さらには自国へ訪れる人々の疾病コントロールを行っていることになります。

 またエジプトへは、4度訪問しました。そして観光地で有名であったその地が、アラブの春以降、遠く、危険な国へと変貌していく過程を目の当りにしました。例えば3度目の訪問時には、道路脇で土豪の中から小銃を構えている兵士たちや街中に停車している戦車の間を移動しました。その一方で、日本政府が出資してエジプトの子供たちのために建設した小児病院の存在や、エジプトが世界で最もC型肝炎ウイルス感染者の多い国であるということも知りました。首都カイロの血液センターや大学の血液領域の医師は女性ばかりだということを知って少々驚きました。男性医師は外科系に進むようです。

 そして今、私が最も注目しているのが、東南アジア、その中のタイです。コンケン県はタイ東北部に位置し、その人口は熊本県と同じくらいです。首都バンコクで問題になっているような洪水や日本で経験する地震といった自然災害はみられず、タイ東北部の教育と経済の中心的役割を果たしています。コンケン市内は緑が豊かで、その風景は数十年前の熊本を思い出させてくれます。


 そのコンケン市内の国立病院、コンケン病院は、日本でいうところの東京大学附属病院や京都大学附属病院に次ぐクラスの実績ある病院です。ベッド数は最近1,000床に増え、医師数272人、年間外来患者数70万人、そして年間入院患者数7.7万人という大きな病院です。私がそこを最初に訪れたのは、49歳の誕生日でしたが、それがきっかけとなり、2009年11月に熊本医療センターとの姉妹協定締結に至りました。マヒドン大学医学部で同級生だった、Weraphan病院長とWitaya外傷・救命救急センター長の熱心なはたらきかけによるものです。そのコンケンで我々が目の当りにしたのは、大きな病院で一所懸命に働く、多くの看護師やコメディカルスタッフの姿でした。タイの医学部学生は9割が女性です。したがってタイの医療は女性が担っているということになります。女性にとって海外で学ぶ機会はそれほど多くはありません。そこで、医師だけでなく、看護師やコメディカル、事務職など多職種が、他国での医療や文化を学ぶことができるようなプログラムを立て、熊本との交流を続けました。


 日本医療の国際化という観点から、我々が経験したことをまとめてみますと、まず、国際医療協力そのものが単なる金銭や技術供与といった日本からの一方的な貢献から、一緒に問題解決を考えるようなグローバルヘルスといわれるレベルになったということです。発展途上国の経済状態がよくなり(日本の経済力が落ちて?)、自分たちで日本へ来ることができるようになったのも、その大きな要因でしょう。また海外との往来が増え、地球温暖化の影響などで、海外からの輸入感染症への対応がこれまで以上に必要となってきました。そのような中、日本がこれからの時代に海外へ発信できるのは、もちろん高度な医療技術でありますが、実は戦後の日本の復興を支えた国民皆保険と公衆衛生システムであり、また世界のトップを独走してきた高齢化社会での取組みではないでしょうか。そして、政府がアジア健康構想に乗り出しました。これは、日本における国民皆保険と公衆衛生システムをグローバルに展開するUniversal Health Coverage、ならび健康長寿社会を実現しようというものです。

IV. 日本が目指す医療の国際化

 日本政府は医療の国際化に取り組んでいます。これは、医療従事者が減少しているからだけではありません。その対象者である患者さんの数も減少していくのです。そこで政府は、新たな有望成長市場の創出の2番目に、「世界最先端の健康立国へ」と掲げ、2030年までに実現するよう医療の国際展開を推進していきます。アウトバウンド、インバウンドという言葉を見慣れない方がいらっしゃるかもしれません。簡単に言うと、アウトバウンドは国外に医療技術や医療機器を提供する、インバウンドは国内で外国人診療などを行うということです。

 まず、アウトバウンドについて簡単に例を御紹介しましょう。アジアで進む高齢化ですが、先ほどお話ししたタイでもそれが問題になっています。最近のタイの人々の平均寿命は75歳、健康寿命は66歳です。各種疾病の割合は日本と変わらず、日本の25年ほど後を追いかけているような格好です。医療サービス市場は、過去10年間で3倍以上に成長し、2013年に170億USドルを超えました。




 その中で、医療機器市場に占める輸入の割合は高く、2014年には輸入額は約11.6億USドルで、市場の95.5%を輸入品が占めました。日本とアメリカ、ドイツが輸出先、輸入先としても上位を占めます。そして医薬品の輸入額は2014年に約18億USドルで、市場に占める輸入の割合は38.4%でした。疾患別にみると、感染症や心臓病などに対する薬の需要が高いようです。「海外進出企業総覧」2015年版によりますと、日本企業が設立した現地法人は11社あります。

 インバウンドについても、タイを例にとりましょう。と言いますのも、タイは医療ツーリズムなど、その先進国なのです。タイの医師は、日本の医師と比べても、英語に精通している者が多く、海外留学後は母国のために働きたいと考えるため、地方の病院でも外国人患者さんが満足するような医療を提供できています。さらに元々微笑みの国という観光立国ですので、多くの患者さんが家族連れで健診や治療に訪れているようです。タイの政府がこれを利用しないわけがありません。ビザ要件の緩和や税金の非課税などの優遇政策を通じて、積極的に外国人患者さんや関連企業を受け入れています。



 そして特に有名な私立の病院ですが、国内外に多くの病院を展開しているバンコク病院があります。タイに居ながら、日本人でもサウジアラビア人でも、母国語で診療を受けることができ、入院生活を送ることができるほどサービスが充実しています。


 日本でも経済産業省が中心となり、外国人患者の受入れに乗り出しました。これはそのためのチェックリストが納められている参考書です。






 外国人患者やその家族を優遇するビザの発行も始まっています。高度医療だけでなく、人間ドックや歯の治療なども対象となります。滞在期間は最大6ヶ月であり、病状によっては有効期限が3年まで延長されます。


 その患者受入れを専門に支援するのが、メディカル・エクセレンス・ジャパンです。アウトバウンド・インバウンド両方で、外国人患者さんのコーディネイトなどを行っています。


 しかし日本における医療の国際化は始まったばかりです。まだいくつかの課題があります。

 まず、日本の医療保健を持たない外国人患者の診療報酬についてです。自由診療となるわけですが、まだほとんどの公立病院では、診療報酬点数1点につき10円に設定しているのではないでしょうか。しかし、実際に多くの患者を診療している、例えば九州大学病院では20円ですし、大阪大学病院では高度治療では30円としています。ただ、この価格設定で本当に良いかどうかは、これから持続的な利益を得て、さらに良いサービスを提供できるような好循環のサイクルを回すことができるかどうかにかかっています。先天性心疾患の日本の子供たちが移植を受けるためにアメリカへ行くように、自国では治療する技術や施設を持たない外国人患者が来日する場合には、外国人患者の診療費は、同じ治療を受けた日本人患者の場合よりも高く設定されるべきでしょう。また外国人診療にかかる通訳や時間、さらには食事サービスや、出入国の手続きは、日本人にないサービスです。そして何より、外国人患者は税金を納めていないのですから、日本人の納税により支えられている医療資本から拠出するのは少々無理があるような気がします。

 課題の2番目は、外国人医療従事者の問題です。日本ではいわゆる団塊の世代がすべて75歳以上になる2025年には、およそ30万人の介護職員が不足するという推計もあります。日本人にない能力を見極め、積極的にそれを活かすためには、外国人材ならではの活躍の場を提供し、外国人材が溶け込みやすい職場を作り、日本語能力を高めるように支援することなどが必要です。政府はEPA=経済連携協定に基づいて、労働力不足への対応ではない、としながらも、2008年度からインドネシア、2009年度からフィリピン、そして2014年度からはベトナムからの看護師・介護福祉士候補者の受入れを始めました。ところが、看護師候補の国家試験合格率は、日本人の90%に対して10%位しかなく、合格しても日本に見切りをつけて母国に帰っていく人がいます。この制度自体に問題があると考えざるを得ません。その一方で、NPO法人が育成を始めた中国人候補の国家試験合格率は高く、こちらは人手不足を補うと公言しております。中国人は漢字を使うことができるため、理解が早いようです。また、政府やNPO法人には頼っていられないとばかりに、民間のグループが個々にベトナムなどへ動き出しています。ベトナム人の2016年看護国家試験合格者が14名、合格率41.2%と、他の国からの候補者と比べて成績がよかったのも、この理由でしょう。

 では医師の場合はどうでしょうか。日本における医業は、昭和23年に施行された医師法により、日本の医師国家試験を合格した医師でなければ行うことは許されないのですが、外国医師等が行う臨床修練等に係る医師法第17条等に関する法律の施行により、医療研修を目的として来日した外国医師等に対し、当該研修で診療を行うことを特例的に認める臨床修練制度が始まりました。そして、平成26年10月1日からは、許可の有効期間が最長2年間だったのが、正当な理由があれば、さらに最長2年間の更新が認められるようになり、下の表に示したような手続の簡素化・要件の緩和が行われました。また、教授・臨床研究を目的として来日する外国医師についても、当該外国医師や受入病院が一定の要件を満たす場合には、診療を行うことを容認することとなりました。


 さらには、これまでイギリス、アメリカ、フランス、シンガポールとの二国間協定に基づき、英語による医師国家試験に合格した外国医師に対し、日本国政府が認めた医療提供施設において医業を行うことを認めていましたが、対象国を拡大するとともに、国家戦略特別区域内に限定して、人数枠の拡大、受け入れ医療機関の拡大及び自国民に限らず外国人一般に対して診療を行うことが認められるようになりました。最近では、実際に、聖路加病院で外国人医師による英語診療が始まっています。

 課題の3番目として、様々な場面で、コミュニケーション不足や金銭のトラブルが起こります。したがいまして、本腰を入れて外国人患者さんを受け入れるのでなければ、組織や従業員に大きな負担を与え、病院経営が圧迫されることになりかねません。その対応として、医学知識をもつ通訳である医療通訳士、さらには出入国、入退院、支払い、家族のケアなど様々な場面で活躍する医療コーディネーターの育成、そして医療機関の診療体制、環境を整えるための認証制度などが動き始めています。詳しくは、それぞれのホームページを御参照ください。

 また、その医療通訳に目を付けたいくつかの企業も動き出しています。それが、遠隔医療通訳というシステムです。このように多くの国の言葉に対応し、医療施設だけでなく、保険会社でも、外国人が日本の医療機関を受診した際の様々なサービスを提供しているようです。さらに、このJIGHのmediPhoneの他にも、英語、中国語(北京語)、スペイン語、ポルトガル語に対応するTOWAROWのMedi-Wayや、スマートフォンやタブレットを利用して英語、中国語、韓国語に対応する日本医療通訳サービスのMedi-Callなどがあります。

V. 最後に

 今後予想されるのは、今までの内容に加え、日本人医療関係者・専門家の高齢化、これから高齢化が進む発展途上国での看護師不足、そして、それらの国々と経済レベルでの差が縮まっていく日本経済の先行きへの不安などでしょうか。しかし我々は、2020年の東京オリンピック、そして未来に向けて前を向いて進まなければなりません。

 その成功の鍵を握るのは、つぎの2つだと考えています。

 まず一つ目は、世界各国で、国内外のために活躍する女性の力です。タイの患者さんに寄り添い医療の各分野で患者さんを支える女性たち。エイズ患者のために働き、両親がエイズで亡くなったりしたHIV感染した子供たちを引き取り、立派な社会人にまで育てる女性たち。また、医師、看護師、作業療法士、理学療法士、ソーシャルワーカーという全ての職種で自国の高齢者のために働くマレーシアの女性たち。すなわち、世界の医療、そして患者さんを支えているのはウーマンパワーであり、この患者を思いやる気持ちが国際医療の未来を左右すると思います。

 そして、二つ目はコミュニティの形成です。テロの危険性が諸外国で高まっており、今までのように発展途上国各国の地元に飛び込んで国際医療協力をすることが困難な状況になってきました。日本国内でもこのようなテロ発生を危惧する声があります。それを防ぐ方法として、我々日本人が失った、町内会や自治会のようなコミュニティの再構築が必要であると考えています。タイのコミュニティでは、地域住民の健康と安全のために、定期的に地域のイベントなどを開催し、皆で情報を共有します。このような信頼のおける地域の人々との生活環境を日本に再構築することが重要ではないでしょうか。海外にも日本国内にも、外国人と一緒に理想的なコミュニティを構築していければ、と考えております。

【付録】

第58回全日本病院学会の第2日目のランチョンセミナーで発表し、以下のアンケートを実施した。






※この記事は第58回全日本病院学会2016 ランチョンセミナーの内容をまとめまたものです。