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細胞老化と老衰
~限りある人生を自然に看取る~

1.日本高齢者死亡原因の推移

 「老衰死」は超高齢化社会を迎えた日本で10年前から急増しています。2014年には、75000人を超え、統計を取り始めて以来過去最高となりました。この背景には、最後まで徹底した治療を行うよりも自然な死を受け入れる、という考え方の広がりがあるとみられています。

厚生労働省 2019年人口動態統計月報年計(概数)の概況より

厚生労働省 2019年人口動態統計月報年計(概数)の概況より

 2016年に死因5位であった「老衰死」が、2017年には肺炎を追い抜き4位となり、2018年以降、「老衰死」が3位、肺炎が5位と入れ替わった背景には、後述するように、誤嚥性肺炎は嚥下機能の障害という老衰によるものだったと理解されるようになったからでしょう。

2.自宅や老人ホームなどでの看取りへの流れ

 超高齢社会を迎える中、厚生労働省は、医療費の増加を抑え、必要な病床数を削減することを目的に在宅医療の推進を図っています。

3.老人ホームの役割

 「終末期医療・看護(ターミナルケア)」では点滴や酸素吸入などの医療的ケアが中心となりますが、「看取り介護」は食事や排泄の介助、そして褥瘡の防止など日常生活のケアが中心になります。このように介護施設の看取りでは、病気治療の終末期をケアするのではなく、自然な人生の終末すなわち「老衰」の末期をケアすることになります。

4.看取りの開始時期

 それは「老衰」が始まるときでしょう。「老衰」とは加齢により心身の能力が衰えることです。「フレイル」から要介護に至る過程をみていくことで、個々の「老衰」の進行度を把握できると考えています。

平成27年度厚生労働科学研究費補助金「後期高齢者の保健事業のあり方に関する研究」 平成27年度総括・分担研究報告書より

平成27年度厚生労働科学研究費補助金「後期高齢者の保健事業のあり方に関する研究」 平成27年度総括・分担研究報告書より

「老衰」といっても、生活習慣などにより臓器ごとに進行度合いや速さにちがいがあるようです。理学・作業療法(リハビリテーション)や食事療法で進行しないように努力するのですが、それでもつぎに示すような症状や病気(病態)があらわれ、患者の活動性は低下していきます。

臓器別にあらわれるサイン
脳の老化 → 認知機能障害、認知症、傾眠(体内時計の故障)
口・喉(咀嚼・嚥下)の老化→誤嚥、誤嚥性肺炎、嚥下障害
消化管(消化吸収)の老化→嘔吐、便秘・下痢、体重減少
筋力の老化→歩行障害(車椅子使用)や転倒
骨の老化→骨折
皮膚の老化→褥瘡、皮疹、皮膚乾燥
血液細胞の老化→貧血、感染症(免疫力低下)、出血傾向

 われわれは多くの高齢者の診療を経験しているうちに、これらの中でも特に嚥下障害が出現し食べることができなくなる状態が続くときは、もう看取りの時期ではないかと考えるようになりました。動物社会でいえば、獲物をとってきて、それを口から食べることができなければ、それは死につながります。人間社会では、特に社会福祉制度や医療・介護体制が確立している国では、周りの手により食べ物を口の中にまで運んでもらうことができます。しかし、それからの咀嚼と嚥下は自分の力が必要です。

 胃ろう(PEG)造設することで生命維持(延命)できるかもしれませんが、咀嚼や嚥下に必要な神経・筋肉を使わないことで、その機能はさらに衰えていきます。結果として、唾液などの口腔内分泌物や胃から逆流した経管栄養食の誤嚥がおこってしまいます。高齢者ケアについての日本老年医学会のガイドライン(2012年)には、「ANH(人工的な水分・栄養補給法)導入後も、全身状態の悪化により、延命効果が見込まれない、ないしは必要なQOLが保てなくなるなどの理由で、本人にとって益とならなくなった場合、益となるかどうか疑わしくなった場合、ANHの中止ないし減量を検討してもよい」と明記されています。

 日本老年医学会5400人の医師を対象としたアンケートが実施され、1700人余りからの回答では、「老衰死」とする年齢は、80歳以上30%、85歳以上30%、90歳以上32%という回答でした。半数を超える医師が今後も「老衰死」が増えると答えています(57%)。そして「老衰」にあたる対象者で、7割近くの医師が、医療の差し控えまたは撤退を経験しています。

5.老いとともに、体が食べ物を受け付けなくなっていくのはなぜか

 老化にともなう細胞の減少が臓器の萎縮につながるということがわかってきました。寿命を決定する臓器として栄養素を吸収する臓器である腸に注目してみましょう。腸を十二指腸・小腸・大腸に分けると、例えば、十二指腸は鉄の吸収、小腸はビタミン、ミネラル、糖、アミノ酸、水などほとんどの栄養素の吸収に、そして大腸では水分やミネラルの吸収をおこなっています。その栄養吸収で最も重要な役割を果たしている小腸内の絨毛やその周りにある筋肉が、老化にともない萎縮することにより、栄養素をうまく吸収できなくなります。

 細胞レベルの老化は、細胞に不可逆的な細胞周期の停止がおこる現象です。このような細胞老化は分裂寿命と呼ばれ、細胞分裂に伴う染色体末端のテロメア長の短縮が原因でおこります。あるいはDNA損傷応答からも細胞周期の停止が引きおこされます。この細胞老化と個体老化および老年病との相関性については不明な点がまだ多いのですが、老齢のサルやヒトで、加齢に伴い細胞老化をおこした細胞が増加しており、また老年病の疾患部位に多くの細胞老化をおこした細胞が見つかります。

 この細胞老化は「SASP」(サスプ)因子を介して周りの細胞に広がっていきます。老化し分裂を止めた細胞の中では「炎症性サイトカイン」などの免疫物質が数多くつくられ、それが外に分泌されると、周囲の細胞も老化が促進され、慢性炎症が引きおこされます。さらに慢性炎症は体の様々な機能を低下させる可能性が指摘されています。“老いがもたらす炎症”は「老化(Aging)」と「炎症(Inflammation)」を組み合わせた造語、「Inflammaging」(インフラメイジング)という新たな概念として提唱され、老いがもたらす死の謎を解くカギとして注目されるようになりました。

 このような細胞老化に関わる免疫異常は、加齢による免疫機能の低下が著明となる70歳(ピーク時の10%まで低下)以降に起こるわけですので、このことが老衰のはじまりであることは容易に理解できると思います。

6.入所者が求めるもの

 人は亡くなるとき苦しくはないのでしょうか。海外の研究によれば、死が迫った高齢者の脳は炎症や萎縮により機能低下し苦痛を感じることはなくなっているということです。でも、食欲は失われていないかもしれません。人間の欲で最後まで残っているのは食欲でしょうから。大好きなものであれば、少量であっても口に入れてあげましょう。

 ただし、誤嚥には注意が必要です。誤嚥をした場合、通常は激しくむせて誤嚥物を喀出しようとする防御反応がはたらきます。しかしながら、気管の感覚低下などにより誤嚥してもむせや咳嗽などの反応が無い場合があります(不顕性誤嚥)。不顕製誤嚥では外見上、誤嚥しているか否かを判断できないため、誤嚥性肺炎のリスクが高くなります。

7.看取り期にわれわれができること

 老衰という人生最後のフェーズに入っても、日によっては調子よく、好きな美味しい食べ物を口にすることができるかもしれません。口の動き、喉の動きをよく観察しながら、無理せず食べることができるだけの量を、無理しない早さで食べさせるようにしましょう。意識レベルが低下し苦痛を感じなくなっていても、周りでおこっていることを感じ取る力は残っています。やさしい言葉をかけてあげましょう。やさしく接してあげましょう。

参考資料

1.NHKスペシャル 老衰死 穏やかな最後を迎えるには
2.厚生労働省 2019年人口動態統計月報年計(概数)の概況
3.平成27年度厚生労働科学研究費補助金「後期高齢者の保健事業のあり方に関する研究」 平成27年度総括・分担研究報告書
4.日本老年医学会のガイドライン(2012年)
5.山越貴水 細胞老化と慢性炎症 日老医誌2016;53:88―94
6.早川智久、本山昇 SASP:細胞老化と個体老化の接点 基礎老化研究2011;35(3):29―31
7.真鍋一郎 慢性炎症と加齢関連疾患 日老医誌2017;54:105―113
8.廣川勝昱 老化と免疫 日老医誌2003;40:543―552

※この記事は2020年10月10日に風の木苑にて行った「看取り」についての勉強会の内容をまとめまたものです。