🌿 コラム:免疫のバランスを守る細胞と、HTLV-1感染症・白血病・ミトコンドリアの深い関係
- 「ブレーキ役」のT細胞 ― 制御性T細胞(Treg)
私たちの体の免疫システムは、外敵を攻撃する一方で、過剰な攻撃を防ぐブレーキ役も必要です。
そのブレーキ役が「制御性T細胞(Treg:Regulatory T cell)」です。
Tregは免疫の暴走を防ぎ、アレルギーや自己免疫疾患を抑える働きをしています。
しかしこのTregが増えすぎたり、働きがゆがんだりすると、今度は感染症やがんを抑えにくくなることがあります。
- HTLV-1感染症と成人T細胞白血病(ATL)
HTLV-1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)は、日本の南西部やカリブ海地域に多く見られるウイルスです。
主に母乳や輸血を通して感染し、ごく一部の人が長い年月を経て成人T細胞白血病(ATL)を発症します。
このウイルスはTreg(免疫のブレーキ役)に似た性質のT細胞を好んで感染します。
その結果、「見た目はTregだけれど、ブレーキが壊れたような細胞」が体内で増えていくのです。
つまり、「ブレーキが効かないTreg」が、感染を助けたり、がん細胞の免疫逃避を促したりします。
- ウイルスがTregの性質を変えてしまう
HTLV-1の遺伝子の中には、「HBZ」と呼ばれる因子があります。
HBZは一見、Tregを増やすように働きますが、実際にはTreg本来の抑制機能を弱めてしまうことが分かっています。
そのため、体の中で「数は多いが機能が壊れたTreg」が蓄積し、免疫のバランスが崩れます。
これが、HTLV-1感染の長期持続やATL発症の土台になっていると考えられています。
- ミトコンドリアが果たす“見えない支え”
ここで登場するのが、細胞のエネルギー工場=ミトコンドリアです。
実は、Tregはエネルギーを作る方法がほかの免疫細胞と少し違い、ブドウ糖よりも脂肪酸を使い、ミトコンドリアでの酸化的代謝(OXPHOS)に依存しています。
つまり、ミトコンドリアが元気でないと、Tregの「冷静な抑制力」が保てないのです。
一方でHTLV-1のウイルス因子(特にTaxやp13)は、ミトコンドリアの働きそのものを操作します。
エネルギー産生や活性酸素(ROS)制御、さらには「ミトファジー」と呼ばれるミトコンドリアのリサイクル機構まで影響を与え、ウイルスが宿主の防御システムから逃れやすくなるのです。
- 三者の関係をまとめると
- Treg:免疫のバランスをとるブレーキ役
- HTLV-1:Tregに感染し、数を増やしながら機能をゆがめる
- ミトコンドリア:Tregの働きや生命力を支える「心臓部」
この三者が複雑に絡み合うことで、免疫抑制・慢性感染・がん化(ATL)といった現象が起こるのです。
- 未来への展望 ― ミトコンドリアからの治療アプローチへ
現在、ATLの治療では抗CCR4抗体(モガムリズマブ)やインターフェロン+亜ヒ酸治療などが使われています。
一方で、ミトコンドリアの機能や代謝を整える治療(たとえば5-ALAやNMN、水素など)が、免疫バランスの回復や老化抑制にも役立つ可能性が注目されています。
つまり、ミトコンドリアを元気に保つことは、単にエネルギーを作るためだけでなく、免疫の正しい働きを支える土台でもあるのです。
- おわりに
HTLV-1感染症や成人T細胞白血病は、単なる「ウイルスの病気」ではなく、免疫の調和と細胞エネルギーの破綻が重なって起きる病気です。
聚楽内科クリニックでは、ミトコンドリアの健康を整える治療やライフスタイル改善を通じて、こうした病態にもアプローチしています。
ミトコンドリアを整えることは、「免疫の調律」を取り戻す第一歩です。