Director's blog
院長日記

がん細胞は本当に「ミトコンドリアが壊れている」のか?

武本 重毅

最新のがん代謝研究から見えてきた新しい常識

長い間、

「がん細胞はミトコンドリアが壊れている」

と考えられてきました。

これは1920年代にノーベル賞学者オットー・ワールブルグが提唱した

Warburg効果

に基づく考え方です。

がん細胞は酸素が十分にある環境でも、

ブドウ糖から乳酸を作る

「好気的解糖」

を行います。

そのため、

「ミトコンドリア機能が失われているのではないか」

と考えられていました。

しかし近年の研究は、
まったく異なる景色を見せています。


最新の理解

がん細胞はミトコンドリアを使っている

現在では、

多くのがん細胞は

🧬 ミトコンドリアを保持し

🧬 酸化的リン酸化(OXPHOS)

🧬 TCA回路

を利用していることが分かっています。

つまり、

がん細胞は

「ミトコンドリアが壊れている細胞」

ではなく、

生き残るために代謝を巧妙に書き換えた細胞

と考えられるようになっています。


がん細胞を支える3つの燃料

最新のがん代謝研究では、

がん細胞は主に次の3つを利用しています。

① 糖(グルコース)

最も有名なのがWarburg効果です。

糖を取り込み、

乳酸を作りながら増殖に必要な材料を大量生産します。

これにより、

✔ ATP

✔ 核酸

✔ NADPH

を確保します。


② グルタミン

近年特に重要視されているのが

グルタミン代謝

です。

グルタミンは

ミトコンドリア内のTCA回路へ入り、

エネルギー産生や細胞増殖を支えます。

実際、

多くのがん細胞は

「糖中毒」

だけでなく

「グルタミン依存」

でもあります。


③ 脂質

がん細胞は脂肪を燃やすだけではありません。

むしろ、

自ら脂肪を合成します。

細胞分裂を繰り返すためには、

新しい細胞膜が大量に必要になるからです。

そのため、

脂肪酸合成酵素(FASN)

などが活性化しています。


乳酸は「代謝の鏡」

近年、

乳酸に対する考え方も大きく変わりました。

昔は

❌ 疲労物質

❌ 老廃物

と考えられていました。

しかし現在では、

乳酸は

ミトコンドリア機能を反映する重要な代謝シグナル

と考えられています。

同じ運動負荷でも、

乳酸が早く上昇する人と、

なかなか上昇しない人がいます。

その違いは、

心肺機能だけでなく

ミトコンドリアの処理能力にも関係しています。


がん幹細胞はミトコンドリア依存?

さらに興味深いのは、

近年、

転移や再発に関わる

がん幹細胞

が注目されていることです。

これらの細胞は、

一般的ながん細胞よりも

ミトコンドリア依存性が高いことが報告されています。

つまり、

がんの悪性化や治療抵抗性には

ミトコンドリアが深く関与している可能性があります。


鉄・銅とミトコンドリア

最近では、

微量元素も大きな注目を集めています。

鉄

鉄は

  • 電子伝達系
  • DNA合成
  • Fe-Sクラスター

に必須です。

がん細胞は鉄を大量に取り込み、

増殖に利用しています。


銅

銅は

ミトコンドリア呼吸鎖Complex IV

の重要な構成要素です。

しかし、

過剰な銅は

Cuproptosis(銅依存性細胞死)

を引き起こすことも分かってきました。

銅は

「呼吸を支える金属」

でありながら

「呼吸を破壊する金属」

でもあります。


MITO RISING Perspective

私は近年、

老化を

「回復力の低下」

として捉える考え方を発信しています。

今回のがん代謝研究を整理すると、

がんもまた

単なる遺伝子異常ではなく、

代謝柔軟性(Metabolic Flexibility)の喪失

として理解できるかもしれません。

健康な細胞は

糖

脂質

アミノ酸

を状況に応じて使い分けます。

しかし、

がん細胞は

特定の代謝経路への依存性を強め、

柔軟性を失っていきます。


MITO RISINGからのメッセージ

老化とは、

回復力の低下である。

そして、

がんとは、

代謝柔軟性の喪失である。

ミトコンドリア研究は今、

「エネルギーを作る小器官」の研究から、

生命の適応力と回復力を理解する科学へと進化しています。

未来の医療は、

病気を診るだけではなく、

その人が本来持つ

回復力と代謝の柔軟性を取り戻す医療

へ向かっていくのかもしれません。


武本 重毅

内科医・抗加齢医学専門医

MITO RISING

「老化は時間ではない。回復力の低下である。」

Author:

武本 重毅

聚楽内科クリニックの院長、医学博士。