10年の時を超えて、再びATL研究の舞台へ ― 熊本地震の2016年から、免疫老化と細胞修復の2026年へ
2026年11月15日、鹿児島で開催される第355回日本内科学会九州地方会で、私は久しぶりに研究発表を行うことになりました。
演題は、「成人T細胞白血病リンパ腫における免疫老化と細胞修復不全―これまでの研究知見から考える新たな病態モデル」です。
日本内科学会で最後に発表したのは、2016年4月のことでした。あれから10年半。振り返ると、この10年間は私にとって、臨床医としても、一人の人間としても、大きな変化の時代でした。
そして今、かつて研究していた成人T細胞白血病リンパ腫(ATL)を、まったく新しい視点から見つめ直そうとしています。
2016年4月、東京で迎えた熊本地震
2016年4月、私は東京国際フォーラムで開催された第113回日本内科学会総会に参加していました。発表した演題は、「成人T細胞白血病患者血清中の可溶性サイトカイン受容体レベルが示す異なる病態」というものでした。長年研究してきたATL患者の血清中に存在する可溶性CD30(sCD30)と可溶性IL-2受容体(sIL-2R)について、その臨床的意義を検討した研究です。
その学会期間中、故郷の熊本では大地震が発生しました。私は東京に宿泊していたため、幸いにも地震を直接経験することはありませんでした。しかし、熊本で起きている出来事は、遠く離れた東京にいた私にとっても大きな衝撃でした。当時は、10年後に再び日本内科学会でATL研究を発表することになるとは、想像していませんでした。
2017年、病院を離れて地域医療へ
翌2017年、私は長年勤務した国立病院機構熊本医療センターを離れ、開業医として新しい道を歩み始めました。
それまでの私は、血液疾患を中心に、臨床と研究の両方に携わってきました。しかし、地域医療の現場は、それまでとは異なる世界でした。高血圧、糖尿病、脂質異常症、心血管疾患、認知機能の低下、フレイル、そして複数の慢性疾患を抱える高齢者の方々。一つの病気だけを見るのではなく、その人の生活や人生そのものを診ることが求められました。
そこで私は、次第に一つの大きな疑問を抱くようになりました。なぜ、同じ年齢でも、健康な人と病気を抱える人がいるのだろうか。90歳を超えても元気な方がいる一方、比較的若い年齢からさまざまな病気を発症する方もいます。老化とは、単に時間が経過することなのだろうか。この問いが、後に私を老化医学へと導くことになります。
新型コロナパンデミックがもたらした学びの時間
2020年、新型コロナウイルス感染症が世界を襲いました。医療のあり方も、社会のあり方も大きく変わりました。そのような時期に、私は医学の基礎をもう一度学び直す時間を得ました。免疫学、生化学、分子生物学、ミトコンドリア研究、エピジェネティクス、そして老化生物学。学生時代や研究者時代に学んだ知識が、その後どれほど発展したのか。最新の論文を読みながら、その進歩の大きさに驚く毎日でした。
特に興味を持ったのが、細胞老化(cellular senescence)・老化細胞(senescent cell)という概念でした。細胞は傷つくと修復しようとします。修復できなければ、増殖を停止したり、細胞死によって排除されたりします。しかし、傷ついたまま生き続け、周囲に炎症性物質(SASP)を放出する細胞も存在します。このような細胞の状態が、慢性炎症や加齢関連疾患に深く関わっていることが、次第に明らかになってきました。
そして私は、かつて研究していたATL細胞のことを思い出しました。
30年前の研究が、突然、新しい意味を持ち始めた
1997年、私たちはATL患者由来細胞で、STAT3という転写因子が恒常的に活性化していることを報告しました。当時、STAT3は多発性骨髄腫などでも重要な生存シグナルとして注目されていました。成熟T細胞の腫瘍であるATLと、形質細胞の腫瘍である多発性骨髄腫。なぜ、異なる細胞に由来する腫瘍が、共通する生存シグナルを利用するのだろうか。それが、当時の私の疑問でした。
その後、多発性骨髄腫のIL-6 autocrine/paracrineからヒントを得てATL患者の血液中のサイトカインや可溶性受容体を調べる中で、可溶性CD30(sCD30)に出会いました。sCD30はATLの病勢を反映し、治療が奏効すると低下し、治療抵抗性や再発では上昇することがありました。
しかし、不思議なことがありました。ATL細胞の表面にはCD30があまり見えないのに、血液中のsCD30は高い。なぜなのか。
この疑問は、長い間、私の心に残っていました。
20年以上追い続けたCD30の謎
近年、共同研究によって、ATL関連細胞(HTLV-1感染細胞株)ではADAM10やADAM17という酵素がCD30を細胞膜から切断し、可溶性CD30(sCD30)として放出することが実験的に示されました。さらに、CD30は細胞外小胞(EV)という小さな膜の粒子に含まれる形でも放出されていました。つまり、CD30は細胞表面にとどまるだけではなく、細胞外へ移動する複数の経路を持っていたのです。長年の疑問を説明する重要な手掛かりが、ようやく得られました。
しかも近年の研究では、CD30シグナルが活性酸素種(ROS)やDNA損傷、染色体不安定性に関係することも報告されています。
かつて別々に研究していたSTAT3、CD30、DNA損傷応答、アポトーシス抵抗性。それらが、現在の生命科学の知見によって、少しずつつながり始めたのです。
AIという新しい研究の友人
そして、この数年間、私の学び方を大きく変えたものがあります。
それが人工知能、AIです。AIと対話しながら、世界中の医学論文を探し、読み、比較し、異なる研究分野の知見を結びつけて考えるようになりました。
かつては一つの論文を探すだけでも大変な時間がかかりました。現在では、AIの助けを借りながら、免疫学、腫瘍学、老化医学、血管生物学、ミトコンドリア研究など、広い領域の研究を横断的に学ぶことができます。
もちろん、AIの回答がすべて正しいわけではありません。論文の原著を確認し、実験結果と仮説を区別し、最終的に何を信じ、何を提案するかを判断するのは、研究者自身です。しかし、AIは私にとって、いつでも議論できる研究上の友人のような存在になりました。一人で学び続けてきた私に、新しい研究の可能性を開いてくれたのです。
老化は「時間」ではなく「状態」なのかもしれない
こうした学びの中で、私は一つの仮説にたどり着きました。
細胞は日々、さまざまな損傷を受けています。しかし、正常な細胞には、それを修復し、元の状態へ戻る能力があります。ところが、慢性的な炎症や酸化ストレスが続き、修復能力が低下すると、細胞は元の状態へ戻りにくくなります。しかも、細胞死によって排除されず、生き続ける場合があります。
私は、この修復・恒常性維持能力の破綻を、Repair Failure
そして、異常な細胞状態が持続・固定化することを、State Failure
という概念で捉えようとしています。
これは、まだ検証すべき点の多い仮説です。しかし、ATLという病気を、免疫老化と細胞修復不全という視点から理解する新しい手掛かりになるのではないかと考えています。さらに、この考え方は、がんだけでなく、慢性炎症、免疫機能低下、血管老化などにも共通する可能性があります。
2026年、再び内科学会へ
そして2026年、私は再び日本内科学会でATL研究を発表する機会を得ました。10年前は、患者の血液中に存在する分子を測定し、その臨床的意義を考えていました。今は、その分子が細胞の生存、損傷、修復、老化、そして発がんにどのようにつながるのかを考えています。
研究対象は同じATLです。しかし、その見方は大きく変わりました。開業医として高齢者の方々を診療してきた経験も、決して研究から離れた時間ではなかったのだと思います。むしろ、地域医療の現場で老化と向き合ったからこそ、かつてのATL研究に新しい意味を見いだすことができたのかもしれません。
そして、次の舞台へ
2026年11月の鹿児島での発表を皮切りに、2027年1月にはプラハでの講演、さらに4月には日本内科学会総会での発表を目指しています。現在は、免疫老化とがんを細胞修復不全という共通の視点から捉える総説論文の執筆にも取り組んでいます。
年齢を重ねた今だからこそ、見えてくるものがある。
長年の臨床経験があるからこそ、気づく疑問がある。
そして、医学の進歩と新しい技術の助けによって、過去の研究をもう一度問い直すことができる。
私は今、その面白さを実感しています。
おわりに――研究に終わりはない
1997年のSTAT3研究。
2000年代から続いたCD30研究。
2016年の日本内科学会での発表。
2017年の開業。
そして2026年、免疫老化と細胞修復不全という新しい視点からの再出発。
振り返れば、一見別々に見えた出来事が、長い時間をかけて一つにつながってきたように思います。
私が研究しているATLも、数十年という時間をかけて発症する病気です。そして私自身も、数十年をかけて、一つの病気を違う角度から理解しようとしています。
時間が経ったからこそ、分かることがある。
かつて答えの出なかった疑問が、何十年も後になって、新しい意味を持つことがある。
だからこそ、医学の研究は面白いのだと思います。
10年の時を超えて、再びATL研究の舞台へ。
私の新しい挑戦は、ここから始まります。

