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院長日記

老化は疾病-「老いなき世界(LIFE SPAN)」その13:老化を治療する薬

武本 重毅

どのようにして老化が起きるかを理解するためには

まずは細胞へと下りていく必要があります。

細胞膜を突き抜けて中に入り

核にまで進んで

そこに広がるナノスケールの世界を探るのです。

そこからさらに

アミノ酸やDNAのレベルへと向かっていきます。

ここまできてようやく

私たちの命が永遠ではない理由が見えてきます。

結局

生命を説明するのに新しい法則など必要なかったのです。

生命をナノスケールで見ると

単に一連の化学反応が起きているにすぎません。

普通なら決して組み合わさらないような原子が1カ所に集められて結合し

通常では決して分解されない分子がバラバラにされます。

この作業を担当するのが酵素です。

根本的なレベルで見れば

生命は実に単純だといえます。

私たちは

混沌から生じた秩序のおかげで存在しています。

生きていることに乾杯するなら

酵素に乾杯してしかるべきでしょう。

生命に終わりが訪れなければならないような法則は

生物学的、科学的、あるいは物理学的に調べても

見当たらないのです。

確かに

エピゲノムの情報が失われて無秩序へと至るわけですから

老化はエントロピーの増大といえなくもありません。

しかし

エントロピーが増大するのは

外部の環境と切り離された「閉じた系」の場合です。

生物は閉じた系ではありません。

必要不可欠な生体情報を保存でき

宇宙のどこかからエネルギーを取り込める限り

生命は永遠に存続する可能性を秘めています。

だからといって

私たちが明日にでも不死になれるということではありません。

ライト兄弟が空を飛んだ翌日に

月に行けるようにならなかったのと同じです。

科学には小さな前進も大きな前進もありますが

進めるのは常に一度に一歩ずつです。

今や私たちは生命の仕組みを知り

それをゲノムやエピゲノムレベルで変えるツールを手にしました。

だから

健康寿命伸ばすという面でいうと

老化への影響が既に実証されている2つの薬を利用するのが1番の近道でしょう。

mTOR(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質)を阻害する分子は

世界を変える可能性を秘めています。

ただし

ラパマイシンは万能薬ではありません。

この薬を与えられた動物は長生きしたとしても

短命な仲間ほど健康でいられないかもしれないのです。

長期にわたって大量に摂取すると

腎臓を損なうことがわかっています。

しかも、いずれは免疫系が抑制されてしまう恐れもあります。

だからといって

TOR阻害分子に未来がないわけではありません。

少量で使うか、断続的に用いるかすれば副作用が起きない可能性があります。

しかし

ラパマイシン、ラパマイシン類似体がうまくいかなくても

薬で健康寿命を目指す道はもう一つあります。

しかもそちらは

効果が高い上に比較的安全なことが既に実証されているのです。

Author:

武本 重毅

聚楽内科クリニックの院長、医学博士。